古典の日絵巻

古典の日絵巻[第六巻:能と源氏物語の世界]

古典の日絵巻第六巻 日々のなかの古典

「野宮」

第四号 平成29年7月1日

「野宮」(ののみや)
原作ストーリー

この曲の典拠は原作の「賢木」(さかき)からきています。六条御息所は光源氏への未練を断ち切るため、伊勢の斎宮となった娘と伊勢に下る決心をし、嵯峨野の野宮に身を置き精進していました。都を去る日が近づいた頃、光源氏が現れ、手折った榊の枝を垣根に差し出し、この榊の葉のようにいつまでも変わらぬ想いでいることを告げます。
神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れる榊ぞ
心揺れる御息所ですが、後戻りはしまいと決心します…。

宗家の語る見どころ

光源氏への想いを断ち切るための六条御息所の哀感漂う女心が描かれた作品です。「葵上」では御息所が生霊となって、鬼気迫る妖艶さが描き出されていますが、ここでは源氏への妄執と、都から離れたうら寂しい野宮の情景の中で、御息所の過去の屈折した心情が切々と語られます。その無念、妄執からの救いを僧に頼み、昔を想い起こして舞が舞われます。

この演目では、「野宮の黒木の鳥居」を示す作り物がこの世とあの世との結界を表し、半足を出してまた引き入れる様子は、幽玄の世界から現実の世界に足を踏み入れてはいけないという迷いの内外をさまよう御息所の心情を表す重要な演出です。御息所は、源氏の訪問のあった長月(九月)七日を懐かしみ、絶ちけれない想いを深く残す様子でその鳥居の中に消えて行きます。
内外の鳥居に出で入る姿は生死の道を神は受けずや
光源氏への想いは深く、成仏できずにいるのかもしれません。

「野宮」は「井筒」に並ぶ名曲と言われています。これは世阿弥の作であろうと言われていますが、定かではありません。しかしこれが世阿弥の作でないとしたら、すごい人がいたと言われるほどのすばらしい演目なのです。金剛能楽堂では、2017年12月17日(日)に「野宮」が公演されます。ぜひ、この機会にご鑑賞ください。
http://www.kongou-net.com/regular17_2.html

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次号は平成29年8月に掲載します。

 

 

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