[第六巻:能と源氏物語の世界]

古典の日絵巻[第六巻:能と源氏物語の世界]

古典の日絵巻第六巻 能と源氏物語の世界

半蔀

 現存する能の演目は、約240曲ほどあります。その中で『源氏物語』を題材としたものは、新作能を含めて13曲。これほどまでに『源氏物語』が能の演目として取り上げられる理由はなぜなのでしょうか。その魅力を金剛流二十六世宗家、金剛永謹さんにお話しいただきます。

第一号 平成29年4月1日

「半蔀」(はしとみ)
◇原作ストーリー

この曲の典拠は『源氏物語』の「夕顔」の巻です。ある日、光源氏は五条あたりの草の茂る古びた家に白く咲く夕顔に目をとめます。その花を所望すると白い扇に、
心あてにそれかとぞ見る白雲の光添へたる夕顔の花
という歌が書き添えられていました。その歌に心惹かれた光源氏は、
寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔
と歌を返し、夕顔と密かに交際するようになります。その当時、六条御息所のもとへ通っていた光源氏は、気位の高いその性格とはまったく違う頼りなげでおおらかな夕顔に心惹かれていくのです…。

◇宗家の語る見どころ

「半蔀」は、原作の暗いイメージを感じさせない夕顔の花の精のイメージのあるたいへんきれいなお能です。六条御息所の生霊にとり憑かれ息絶えてしまうのですが、このお能では怨霊は出てこないし、怨霊によって殺されたとも言いません。原作とは異なり、夕顔が源氏と出会えた喜び、昔のよい想い出を語る優美で明るい作品です。

お能は歌舞伎や演劇と違い、簡素化された空間で物語が展開していきます。能の世界では舞台に置く道具のことを「作り物(つくりもの)」といいます。夕顔と瓢箪をつけた蔀戸(しとみど)を模した作り物はこの曲独特のもので、夕顔が蔀戸を竹で押し上げ、喜びを表した優美な序の舞を舞った後に、またその奥に消えていきます。

ここでは清楚で若い女性の印象の「小面(こおもて)」を使用します。装束も明るい白を身に着け、白く美しい夕顔をイメージしているのでしょう。同じ題材とする能の「夕顔」では、つける面や装束が変わってきます。

またこの曲は内藤某によってつくられたものですが、この名前は「半蔀」にしか出てきません。これほど人気のある曲を書く人の名前が他に出てこないのもミステリアスな気がします。

次回は「夕顔」を紹介いたします。

小書(こがき)に「立花供養(りっかくよう)」と書かれると、最初に舞台正面に立花が供えられ、そこに夕顔の花を添える特殊な演出があります。
※小書…通常の演出とは異なる演出のことで、番組の曲名の横に小さく書かれています。

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古典の日絵巻第六巻 日々のなかの古典

夕顔の舞姿

第二号 平成29年5月1日

「夕顔」(ゆうがお)
原作ストーリー

第一回でご紹介した「半蔀」とは打って変り、同じ題材でもここでは、荒れ果てた屋敷の薄気味悪さと物の怪に襲われて儚く息絶えてしまう夕顔の哀れな運命が描かれています。

宗家の語る見どころ

小書(こがき)に“山ノ端之出”と書かれていると、
山の端の心も知らで行く月は上の空にて影や絶えなん
の謡が鏡の間から聴こえ、この和歌が強調されるたいへんめずらしいお能です。前場では、夕顔が自らの死を予感し、物の怪に襲われた恐ろしさ、その心細さを長々と述懐します。「半蔀」は舞グセ、「夕顔」は()グセと言って語りを聞かせる場面が主となります。後場は、序の舞が中心で、最後に僧の弔いを受けた夕顔の霊が法の力によって救済され、成仏していく姿が描き出されます。

「半蔀」の明るく清楚な白のイメージから、「夕顔」では紫の色が入った装束へと変わり、女性的な情感を感じさせる「孫次郎(まごじろう)」の面は、源氏に出会った時の喜びから物の怪の恐ろしさにおののく心細く儚い夕顔を表現するのでしょう。

このようにお能の作品の中で同じ人物が異なったイメージで登場するのは、一つの演目では表現しきれない夕顔の奥深い人物像を能が再構成したといえます。

夕顔の舞姿

また、ここに登場する物の怪は、姿を現しはしませんが六条御息所と考えられています。原作の中では、「葵上」「女三ノ宮」「紫上」の巻で、六条御息所が物の怪となって登場します。これでは御息所は嫉妬深い嫌な女性に思われてしまいますが、皇太子妃として教養深い高貴な女性であったがゆえに冷静さを保つことができずにいる自分との葛藤が人間としての奥深さを表し、これほどまでに登場人物として取り上げられたのでしょう。お能の演目の中でも人気の高い「葵上」では、この六条御息所が生霊となり鬼となって、その姿を現します。

次回は「葵上」をご紹介いたします。

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「葵上」

第三号 平成29年6月1日

「葵上」(あおいのうえ)
原作ストーリー

六条御息所は、賀茂祭と合せて行われた御禊(ごけい)の行列に、光源氏の姿を一目見ようと人目を忍んで出かけますが、葵上の随者達と牛車を止める場所を巡って争います。御息所の車は追い立てられ、衆目の面前にさらされた屈辱感はやり場のない怒りとなり、魂が体から抜け出て物の怪となってさまよいます。出産を前に物の怪にとり憑かれ苦しむ葵上の病床に寄り添う光源氏は、その正体が御息所の生霊だと知り驚愕します。無事に男の子を出産するものの葵上は急死してしまいます。

宗家の語る見どころ

この演目の作者は明らかではありませんが、近江猿楽の犬王(道阿弥)が演じたものを世阿弥が改作したとされています。道阿弥は、足利義光の法名である「義道」の一字が与えられるほど寵愛を受け、世阿弥が手本にするほどの名人だったのです。
さて、このお能では、光源氏からの愛を奪われた上に、車争いで葵上に敗れ、鬱屈した感情が一気に爆発した六条御息所が、舞台に置かれた出小袖(だしこそで)(赤い装束は病床の葵上を現わしています)に、
瞋恚(しんに)の炎は身を焦す思ひ知らずや思ひ知れ
と、後妻打ち(うわなりうち)で葵上の魂を抜き取ろうと打ちたたき、破れ車(半壊した車は御息所の屈辱と恨みの象徴です)に載せて連れ去ろうとします。
抑えきれない嫉妬心と、「光る君」と大切な人の名前を口に出す御息所の感情が現れる見せ場です。
沢辺の蛍の影よりも 光る君とぞ契らん
ここで大切なのは、御息所の姿は誰の目にも見えていないというところです。御息所の恨みごと哀しみは照日(てるひ)の巫女をとおしてさめざめと語られます。

呪いを残したまま姿を消しますが、後場では、嫉妬という醜い感情が原作にはない心の鬼という形で再び舞台に現れます。金剛流では、鬼となってからは「白般若(しろはんにゃ)」(「泥眼(でいがん)」)の面が用いられます。「般若」の中でも白は鬼といえども気品を感じさせるもので、出自や教養にことさら秀でた御息所の恨みをより強く、より美しく見せるにふさわしい面です。

「葵上」は、能の中でも特に見せ場のあるたいへん有名な作品です。能作者は平安時代の王朝文化に見られるの雅への憧れを、「幽玄」の美として描き出しました。鬼にも幽玄の美が備わっていることをこの曲は知らしめてくれます。御息所が抱く恋慕とそこから燃え上がる嫉妬の念を抑えようとしながら抑えきれない感情の起伏が表現されるところが、この作品の魅力です。

後妻打ち(うわなりうち)…先妻が後妻を恨んで打ちすえること。
※泥眼…白目の部分に金泥を入れた面。女性の生霊を表し、怨霊面として凄みを強調する。高貴な女性が嫉妬に苦しむさまを映したもの。

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「野宮」

第四号 平成29年7月1日

「野宮」(ののみや)
原作ストーリー

この曲の典拠は原作の「賢木」(さかき)からきています。六条御息所は光源氏への未練を断ち切るため、伊勢の斎宮となった娘と伊勢に下る決心をし、嵯峨野の野宮に身を置き精進していました。都を去る日が近づいた頃、光源氏が現れ、手折った榊の枝を垣根に差し出し、この榊の葉のようにいつまでも変わらぬ想いでいることを告げます。
神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れる榊ぞ
心揺れる御息所ですが、後戻りはしまいと決心します…。

宗家の語る見どころ

光源氏への想いを断ち切るための六条御息所の哀感漂う女心が描かれた作品です。「葵上」では御息所が生霊となって、鬼気迫る妖艶さが描き出されていますが、ここでは源氏への妄執と、都から離れたうら寂しい野宮の情景の中で、御息所の過去の屈折した心情が切々と語られます。その無念、妄執からの救いを僧に頼み、昔を想い起こして舞が舞われます。

この演目では、「野宮の黒木の鳥居」を示す作り物がこの世とあの世との結界を表し、半足を出してまた引き入れる様子は、幽玄の世界から現実の世界に足を踏み入れてはいけないという迷いの内外をさまよう御息所の心情を表す重要な演出です。御息所は、源氏の訪問のあった長月(九月)七日を懐かしみ、絶ちけれない想いを深く残す様子でその鳥居の中に消えて行きます。
内外の鳥居に出で入る姿は生死の道を神は受けずや
光源氏への想いは深く、成仏できずにいるのかもしれません。

「野宮」は「井筒」に並ぶ名曲と言われています。これは世阿弥の作であろうと言われていますが、定かではありません。しかしこれが世阿弥の作でないとしたら、すごい人がいたと言われるほどのすばらしい演目なのです。金剛能楽堂では、2017年12月17日(日)に「野宮」が公演されます。ぜひ、この機会にご鑑賞ください。
http://www.kongou-net.com/regular17_2.html

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「須磨源氏」

第五号 平成29年8月1日

「須磨源氏」(すまげんじ)
原作ストーリー

「須磨」・「明石」の巻を典拠とする「須磨源氏」
26歳の春、源氏は朧月夜とのあやまちから官位を剥奪され、須磨に身を引き、侘しく都への寂しさが募る日々を過ごします。上巳の日、開運の祓いをしようとしていると暴風雨に襲われ館も落雷にあいますが、危うく命は助かります。その夜、「住吉の神の導きのままにこの浦を立ち退くように」と桐壷院の霊が源氏の夢枕にあらわれます。翌日、明石の入道が船を仕立てて源氏を迎えにきます。入道は一人娘である明石の君を源氏に嫁がせたいと願っています。源氏は入道の念願を聞き入れ、箏の名手である明石の君を受け入れます。

世阿弥が描く幽玄な世界「須磨源氏」

伊勢参宮を志した日向国宮崎の神主・藤原興典(おきのり)が須磨に立ち寄ると一人の老樵夫が桜を眺めて涙しています。その桜は光源氏にゆかりのある「若木の桜」で、翁は光源氏の挫折と位人臣(くらいじんしん)を極めた一生を語り、光源氏は兜率天(とそつてん)に生まれ変わり、そこで永遠に生きていると言うと雲に隠れます。
夜、興典の夢に打ち寄せる波の音に混じって音楽が聴こえてきます。月光の輝く須磨の浦に、「青海波」の遊楽に引かれた光源氏の霊が天下って舞を舞い、明けそめた春の空に姿を消していきます。

宗家の語る見どころ

前半では光源氏の経歴を滔々と謡いあげます。
帚木(ははきき)の巻に中将、紅葉の賀の巻に正三位に…」花宴(はなのえん)、須磨、明石、澪標(みおつくし少女(おとめ)、とその栄華が語られていきます。最後に「藤の裏葉に太上天皇、かく楽しみを極めて光君(ひかるきみ)と申すなり」立身出世が続き、栄華を次から次に手に入れた源氏の経歴が語られます。

これを知っていると、ちょっと能通! その壱
この曲は京都を中心に活躍した田楽の喜阿弥がつくった謡物を世阿弥が幽玄な能に大成させたものと考えられています。
当時、世阿弥が成功するまでは、京都は田楽が流行し、都の周辺の奈良、摂津、丹波、越前、伊勢等は猿楽が人気があったようです。2つの違いは、猿楽は物まね芸を得意とし、田楽の方が幽玄であったと言われています。

後半では、貴人の霊が華やかに舞う、軽快な〈盤渉早舞〉が見どころです。
お能では、面や作り物、舞、お囃子という言葉や具体的な物にあらわされずに表現されるものがたくさんあります。たとえば、光源氏は、高貴な平安貴族等を表現するのに用いられる色白で眉根を寄せた表情に哀愁が漂う美男の面「中将」をつけます。
盤渉調(ばんしきちょう)の高い調子の笛の音は「水」に関係するもので、波の音が聴こえる須磨の地をあらわしています。

これを知っていると、ちょっと能通! その弐
能の調子は、基準となる黄鐘(おうしき)調、高い調子の盤渉調。そして平調(ひょうじょう)の3つに分かれています。盤色調で演奏されるのは、例えば「(とおる)」は塩竃の浦、「唐船(とうせん)」は中国への船出。「天鼓(てんこ)」の主人公は呂水(ろすい)に沈められてしまいます。「邯鄲(かんたん)」は雨が多い地域というように、盤渉調で舞われる背景には、水が関係していると想像して鑑賞してみましょう。
また「高砂」の“神舞”は通常、黄鐘調で舞われますが、舞台開きの時だけ、この舞台が火事にあわないようにとの願いを込めて、盤渉調で神様の舞が舞われます。

目を閉じて謡の文句を頭に思い描いてみれば、月の光と一体化した光源氏が「青海波」を高雅に舞う姿が浮かび上がってきます。

兜率天(とそつてん)…菩薩が住む清らかな天上世界のこと。須磨は兜率天を往還するにふさわしい清浄感みなぎる天地とされる)
※若木の桜…『源氏物語』に登場する木で、須磨で不遇の生活をしていた時に植えた桜とされる。
早舞(はやまい)…高貴な男性や成仏した女性が舞う舞。
盤渉調(ばんしきちょう)…笛の調子で、常より高い調子をいう。

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「住吉詣」

第六号 平成29年9月13日

「住吉詣」(すみよしもうで)
「澪標」の巻を典拠とする「住吉詣」

朱雀帝が譲位を決意したことから須磨に身を引いていた光源氏に召還が言い渡され、須磨から都に戻った光源氏は、政界に復帰し、たちまちのうちに内大臣に昇進します。その年の秋、願いの叶ったお礼に随臣たちを従えて、住吉神社に向かいます。お能の前半では、京都から鳥羽、山崎、関戸へと、その道中が絵巻物のように移り過ぎてゆきます。
「鳥羽の恋塚秋の山、過ぐればいとど都の月の、面影隔つる山崎や、関戸の宿も移り来ぬ… …なお行く先は渡辺や、大江の岸に寄る波も、音立ち変へて住吉の、浦わになるも程ぞなき」(謡曲「住吉詣」)
と大勢の随臣とともに華やかに住吉に到着します。

同じ頃、住吉を信仰していた明石の君が侍女を従えて住吉神社に船でやってきますが、源氏の盛大な酒宴を目の当たりにし、みすぼらしいわが身を恥じらい、難波の入江に船を留め、身を引く明石の君。源氏は、どこで明石の君がそこにいることを知ったのか、その心根に気づき、歌をしたため届けます。
「みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな」
(身を尽くして恋いこがれていたしるしがあって、ここでこうしてめぐり逢ったあなたとの縁は、何と深いのでしょう(馬場あき子訳))
明石の君は、
「数ならでなにはのこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ」
(数ならぬ身にとっては、何事につけても甲斐ないものですのに、なぜまあ貴方さまのことを、身を尽くして思いそめたのでしょうか(同上))
と歌を交わし、変わらぬ愛をたしかめ、船を降りて喜びの盃を重ねます。

澪標(みおつくし)…水路の目印に立てる杭
 光源氏は明石のいる難波の方を眺めながら「今はまた同じ難波なる」と口ずさみます。これは「わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢はんとぞ思う」という元良親王の歌です。難波の入江の澪標をたどり、身を尽くして無理にでも逢いたい、と思う気持ちが込められています。

宗家の語る見どころ

【その一】
乱拍子

小書きに乱拍子と書かれると子方が乱拍子を踏みます。乱拍子というと五流揃って「道成寺」で演じられる特殊な舞ですが、金剛流ではこの「住吉詣」に乱拍子が伝わっています。

※乱拍子…小鼓の音に合わせて、さまざまな足遣いを見せる特殊な舞。

【その二】
後半の光源氏と明石の君の相舞(あいまい)

再会のよろこびが通い合う華やかな祝いの舞です。
ひととき楽しく舞った後、名残りを惜しみつつ、明石の君が源氏を静かに見送ります。
原作では、文を交わすだけで二人が対面することはありません。出逢うことのできるお能の方がハッピーと言えます。
しかし、再び出会えた喜びも束の間、いつ都へ呼び寄せてもらえるのか不安な気持ちを抱く明石の君の心情は…。それとも、この再会が幸運への兆しとなるのかもしれません。
2016年「古典の日フォーラム」の中で瀬戸内寂聴さんは、「『源氏物語』の中に登場する多くの女性の中でも、苦労はしたけれども、いい生涯ね。と言われるのは明石だけです。」とお話しされていました。「住吉詣」では、原作にはない再会のよろこびと華やかな二人の心が通いあう舞が演じられます。
この能ではシテの明石上、ツレの光源氏の他、子方、ワキ、アイ等10人以上の出演者が必要で、なかなか演じられることのない演目です。
公演のチラシ等でこの演目を目にされましたら、機会を逃すことなくぜひ能楽堂に足をお運びください。

※相舞…二人の役者が揃って同じ舞を舞うこと。

【その三】
現在能

さて、このお能は現在形式の劇能です。
「夢幻能」と「現在能」ってどう違うの?
亡霊として登場する主人公が過去を回想して演じるのが「夢幻能」。亡霊は面をつけています。それに対し、現実に生きている人間が、時間の流れそのものを演じるものを「現在能」といいます。このお能では、源氏は生きているので、素顔で登場します。

次回は「玉鬘」を紹介いたします。

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髪を乱して心の動揺を示す玉鬘

第七号 平成29年10月10日

「玉鬘」(たまかずら)
原作ストーリー

母である夕顔の死後、乳母に伴い筑紫に下っていた玉鬘。美しく成長した玉鬘は、肥後国の豪族から執拗に求婚され、それから逃れるために密かに筑紫から上京します。頼る先もなく途方に暮れるなか、初瀬の観音のお引き合わせで亡き母、夕顔の侍女である右近に出会います。右近から玉鬘の上京の報告を受けた源氏は、玉鬘を六条院に引き取り、源氏による演出により若い貴公子の心を取り乱します。「蛍」の巻に書かれている蛍を放つ演出は特に有名です。そんなことをしながら、玉鬘の美貌に夕顔の面影を見出し、養父の立場を忘れ、恋慕の情が出る源氏…。聡明な玉鬘は、源氏とはまったく正反対の色が真っ黒で髭がもじゃもじゃの髭黒大将と結婚するのです。

宗家の語る見どころ

「玉鬘」は人気曲です。その理由は狂乱物ゆえの面白さです。これは金春禅竹の作品で、禅に深い係りのあった禅竹の曲は、世阿弥の曲に比べて、禅の教えが能に映し出され、難解なものが多いのが特徴といえます。どうしてこれほどまで狂乱しなければならないのか…、玉鬘の美貌の罪、その美しさが生み出す多くの迷いの罪が、成仏の障りとなったのでしょうか…。

前半は、雰囲気のあるもので、静かな中に動的な美しさが見どころです。竹棹をさし、小船に乗って初瀬川をさかのぼる若い女が登場します。女は長谷寺を訪れていた旅の僧を「二本(ふたもと)の杉」に案内し、母の死後からの身の生い立ちを語り、自分こそ玉鬘の霊であることをあかし、姿を消します。

ここでは、玉鬘と右近との偶然の出会いに詠まれた歌のやりとりが謡われます。
[右近] ふたもとの杉のたちどをたづねずはふる川のべに君をみましや
[玉鬘] 初瀬川はやくのことは知らねども今日の逢ふ瀬に身さへながれぬ

[右近] 初瀬名所の二本の杉をたずねて来なかったなら、ふる川の辺で玉鬘に逢うこともなかったろうに、何という縁の深い、観音の導きか。(馬場あき子訳)
[玉鬘] 私の生い立ちの昔のことはよく知りませんが、初瀬川の辺でお引き合わせのようにお逢いした嬉しさに、涙で身も流れるばかりです。(同上)

ここに注目!
棹…棹を持っていると船に乗っている状態。棹をはなすと陸に上がったことをあらわします。
この曲では、「十寸神(ますかみ)」という面をつけることがあります。他に「増髪(ますかみ)」と書く面がありますが、表情は違います。神懸りないし狂乱した女性の面で、眉間にくぼみやしわが入っています。

後半は玉鬘の霊があらわれて、恋の妄執を懺悔の想いで振り返り、髪を乱して心の動揺を示す狂乱の<カケリ>を舞います。このとき「肩脱ぎ」「脱下(ぬぎさ)ぎ」という唐織の右袖を脱いで肩を出す着方をします。金剛流では、髪を乱して一本の鬘を下げて登場します。(両方下げる流儀もあります。)これらは平常心を失った、高貴な女の狂乱した姿をあらわしています。

最初にこの曲の面白さは「狂う」にあるとお伝えしました。「狂う」というのは精神異常のことではありません。「隅田川」に「面白う狂うて見せよ」とあります。無心に舞っているところに神がおりてくることをいうのでしょうか。玉鬘の払えども払えども湧き起こる情念を舞うことによって振り払いたい、そんな狂おしい舞い姿をいうのかもしれません。

※カケリ…拍子を踏むことによって狂乱や苦患(くげん)をあらわしています。

次回は「落葉」を紹介いたします。

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落葉

第八号 平成29年11月30日

「落葉」(おちば)
原作ストーリー

「若菜」・「柏木」・「横笛」・「夕霧」の巻を典拠とする「落葉」
柏木は、女二の宮(落葉の宮)を正室としながら、妹宮の女三の宮に憧れをもっていた。ある春の日、六条院で蹴鞠をしていた柏木は、寝殿の御簾の端から走り出た猫につけてあった綱で御簾が巻き上がり、その隙間から女三の宮の姿を垣間見て「いひ知らずあてにらうたげ」(なんとも言いようもなく上品でかわいらしい)と恋のとりこになります。
ある夕べ柏木は、琴の音をききながら、
もろかづら落葉をなににひろひけむ名は睦ましきかざしなれども
葵祭にかざしにする二葉葵は、名は睦まじい二葉の姉妹ともいえるのに、なぜまあ私は落葉の方を拾ってしまったのか(馬場あき子訳)

この歌がもとで女二の宮は「落葉の宮」と呼ばれるようになります。
それほどまでに女三の宮を想う柏木は、とうとう侍従の手引きで密通し、女三の宮は懐妊します。(この子供が“薫”です)
それを知った源氏は怒りにかられ、激しい感情を浴びせられた柏木は病に伏し、ついに再起できなくなってしまいます。
柏木は、落葉の宮の庇護を親友である夕霧に託します。夕霧は落葉の宮を世話するうちに恋心が芽生えてきますが、落葉の宮の厳しい自制心から心は燃えず、夕霧のねばり強い愛を拒否します。その心の中には、亡き夫が女三の宮に比べて自分がつねに劣っていると思っていたことが、たいそう恥ずかしい思いをさせていたのでしょう。

宗家の語る見どころ

「落葉」は金剛流にだけ残る演目です。
旅の僧が山城国小野の里に着き、手習の君(浮舟)の成仏得脱を祈っていると、いわくありげな女が手習の君のみ回向するのかととがめ「落葉の宮はわれなり」といい残して消えてゆきます。
僧は『源氏物語』の知識があるので、落葉の宮のことを回想していると落葉の宮が現れ、夕霧との思い出を語り、その罪を払って成仏させてほしいと願います。この後、落葉の宮の深い心のうちをあらわした序の舞が舞われます。
横笛のしらねはいとど変はらねど空しくなりし音こそ尽きせね、音こそ尽きせね、音こそ尽きせね
横笛(※)の音色は昔と少しも変わらないのに、空しくなった人をしのぶ、しのび音は尽きぬことです。(馬場あき子訳)
 最後には弔いを受けて、落葉がほろほろはらはらと山風にさらわれていくように消え去っていきます。まるで落葉とだぶるような、もののはかなさを感じさせる終わり方です。
「落葉」は一曲をとおして物寂しさを感じさせるさびしいお能です。他にも「野宮」のように寂しいものはありますが、これほどさびしいお能はありません。
そしてお能には裏を読んでいるような曲と素直に表だけを描いている曲とがあります。嫉妬や執念が描かれた曲は面白いかもしれませんが、「落葉」のように心の奥に潜むどうしてよいかわからない思いを抱き続けたひたむきな女二の宮の心が描かれたお能には、華やぎこそありませんが、実に美しいものといえます。

※横笛…柏木の一周忌が執り行われた後の秋、夕霧は落葉の宮とその母、一条御息所を見舞います。亡き柏木の思い出を話し、琴や琵琶、歌を詠み交わして過ごした帰り際、夕霧は一条御息所から柏木遺愛の横笛を贈られます。その夜、夕霧は柏木の夢を見、横笛を伝えるのは夕霧でなく別の人であると伝えて消えていきます。

次回は「浮舟」を紹介いたします。

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浮舟

第九号 平成29年12月28日

「浮舟」(うきふね)
原作ストーリー

宇治十帖「浮舟」の巻を典拠とする
光源氏の息子・薫と孫の匂宮の寵愛を受ける浮舟。その姉は大君(おおいぎみ)で、薫の憧れの人であったが早世してしまいます。大君の死を受けて悲しみの淵に沈んでいた薫が偶然に出会ったのが、初瀬詣から帰る途中の浮舟です。薫は、大君に生きうつしである浮舟を宇治に連れていき隠し置くことにしました。薫のライバルである匂宮は対抗心を燃やし、浮舟に強烈な慕情を示します。当代きっての恋多き男、薫と匂宮。匂宮は薫になりますまして館を訪れ、契りを結んでしまいます。二人の愛を受け、どちらも選べず板ばさみに苦悩する浮舟は、我が身を嘆き、入水を決意しますが、未遂に終わります。「浮舟」という存在を捨て、出家する道を選んだ浮舟を死んだと思い、悔恨の念を持つ二人。やがて薫は浮舟が隠れ住む場所を偶然に見つけます。薫は浮舟の弟、小君を使者に再び縁を持とうとしますが、運命の波に翻弄され続けた女はその誘いを強く拒みます…。

宗家の語る見どころ

「浮舟」は「玉鬘」(第7号で紹介)に近い性格のお能で四番目物に分類されるものです。歌人の横尾元久が作詞し、世阿弥が作曲しています。作詞・作曲ができた世阿弥がなぜ曲だけを書いたのでしょうか。横尾元久はどのような人物だったのでしょうか。世阿弥は「お能を作詞するには、和歌が詠めないと書けない」と言っています。もちろん舞も知っていなければいけませんし、なんといっても『源氏物語』を読み込んでいなければ、この帖を題材とした曲はかけません。横尾元久に作曲を頼まれたのか、それとも世阿弥がこの詞に惚れて作曲をしたのか…、謎は尽きません。
女性をシテとする歌舞を中心とした三番目物の形式をとりそうなこの曲は、後シテの舞が〈序之舞〉ではなく、物の怪にとり憑かれた妄執の舞〈カケリ〉を舞うのが特徴です。狂乱物というのは、離別した愛人への払っても払いきれない想いや我が子を失ったストーリーが多いのですが、ここでは二人の男に言い寄られて恋に悩んだ末、決断できずに物の怪にとり憑かれるという着想がユニークです。
人みな寝たりしに妻戸を放ち出でたれば、風烈しう川浪荒う聞こえしに、知らぬ男の寄り来つつ、誘い行くと思ひしより、心も空になりはてて…
夕顔は気が狂ったのでありません。二人の男性を同じ想いで愛してしまったその迷いが感情の高ぶりとなり〈カケリ〉として表現されます。
最後には、小野にやってきた僧に回向してもらい、すっかり執心が晴れて天界へと生まれることができました、と消えていきます。
しかし、浮舟の二人の男への永遠の想いは消し去ることができたのでしょうか。
心も空になりはてて…
浮舟の切ない声が聞こえてきそうです。

※三番目物…鬘物ともいう。女性をシテとして、歌舞中心の優美な場面を展開。幽玄の情緒がもっとも濃い。
※四番目物…離別した愛人や我が子を求めてさまよう狂乱物や、現生への断ちがたい妄執をあらわす執心物など、文学的主題の濃厚なものが多い。

次回は「源氏供養」いたします。

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源氏供養

第十号 平成30年1月1日

「源氏供養」(げんじくよう)
原作ストーリー

この曲は今まで紹介してきたように『源氏物語』の中の人物が主人公となるのではなく、作者の紫式部がシテとなって登場します。このように、実在の歌人等が主人公となる曲があります。例えば小野小町が登場する「卒塔婆小町」や紀貫之が和歌を詠じる「蟻通(ありどおし)」、和泉式部の「東北(とうぼく)」等です。
さて、平安末期の仏教の教えには、勝手な思いつきや興にのって無責任な空想の世界をつくりあげ、人々を惑わせる者は、罪として地獄に堕ちなければならないという発想があったようです。このような虚構は仏法の教えに反することでした。罪深い世の人々を迷わせるロマン文学の世界をつくり上げた人物こそ『源氏物語』の作者、このお能によって初めて主人公となる紫式部でした。
さて、舞台の流れをお話ししましょう。
季節は春。安居院(あぐい)法印が、石山寺に参詣に出かけ、一人の女に呼びとめられます。女は、石山寺にこもり『源氏物語』を書き上げたが、自分が作り出した光源氏の供養をしないままに、成仏できずにいるので源氏の供養と自分の菩提を弔うことを頼み消えていきます。
法印は石山寺にこもり光源氏と紫式部の供養をしていると、式部の霊が現れ法印の回向に感謝します。そしてここから『源氏物語』の帖を織り込んだ表白文の謡となります。
空蝉の空しきこの世を厭ひては、夕顔の露の命を観じ、若紫の雲の迎へ、末摘花の台に坐せば、紅葉の賀の秋の落葉もよしやただ…
と、五十四帖すべて出てくる訳ではありませんが、巻名を織り込んだ美しい七五調の謡にあわせて長いクセを舞いとげます。もしかするとこれは『源氏物語』の巻名を覚えるためにつくられたのかもしれません。
「源氏供養」の中に「狂言綺語(きょうげんきぎょ)」という言葉がよく出てきます。狂言綺語とは虚構や文飾の多い物語等を卑しめて使います。しかし『源氏物語』は、人の心をもてあそんだのではなく、究極は仏の道に入るための方法、救済を目的としたもので、これだけの物語を書き上げた紫式部は、ただならぬ人。神の力が宿った石山寺の観音そのものの化身で、世の人を救うためにこの世に現れたと…、と終わりをむかえます。
…紫式部と申すはかの石山の観世音、仮にこの世に現れて、かかる源氏の物語、これも思へば夢の世と、人に知らせん御方便…
さて、『源氏物語』の主人公、光源氏は、多くの女性と華麗な一生を送ったかのように思われがちですが、源氏との関係に悲嘆にくれた女性達以上に不運に満ちた人生だったのではないでしょうか。もし、愛した女達への想いを払拭できずに彷徨っていたならば、ここでようやく浄土へと生まれ変わることができ、安堵したのは光源氏かもしれません。
この「源氏供養」は、20年以上も前に二十五世金剛巌さんが石山寺で演じ、2007年11月1日「源氏物語千年紀」のプレ事業でこの一部を金剛永謹さんが舞いました。若宗家の龍謹さんが舞う姿も近いかもしれません。

※石山寺は、紫式部が石山寺参籠中に起筆したとい伝説で有名です。本堂の一角には、世界に誇る物語が執筆された「源氏の間」があります。

次回は「空蝉」を紹介いたします。

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古典の日絵巻第六巻 日々のなかの古典

第十一号 平成30年2月13日

「碁」(ご)
原作ストーリー

「帚木」「空蝉」の巻を典拠とする。
五月雨が降り続く頃、光源氏のところに頭中将(とうのちゅうじょう)左間頭(さまのかみ)藤式部丞等(とうしきぶのじょう)が訪れ、今までの女性との体験談に論議が交わされます。有名な「雨夜の品定め」の場面です。源氏はその仲間から、女性の中でも魅力があるのは中流の女性だと聞き、興味をいただきます。次の夜、方違えに宿った紀伊守の中川の家で空蝉に出会い、前日の品定めで心を刺激された源氏は強引に契りを結びます。その後も空蝉に執拗に求愛しますが応じてもらえません。紀伊守の留守を見計らい小君の手引きで忍び込み、そこで御簾の陰から空蝉と軒端萩(のきばのおぎ)とが碁を打つ姿を垣間見ます。源氏は若く官能的な体つきの軒端萩とは対照的でおっとりと静かな、しかしどちらかというと不器量に近い小柄な空蝉にますます心を惹かれます。その夜、空蝉の寝所に忍び入る源氏の気配に気づいた空蝉は薄衣を抜け殻のように残して部屋から出ていきます。そこに横たわっていたのは軒端萩だったのです…。

宗家の語る見どころ

この曲は、長い間廃曲となっていましたが、「世阿弥生誕六百年前夜祭公演」として昭和37年(1962年)11月23日に二十五世金剛巌宗家により復曲、上演し、平成21年(2009年)相国寺で開催された山口安二郎さんの能装束展の「相賀の能」で、金剛永謹宗家がシテをつとめました。上演機会の少ない希曲であるといえます。
さて、この曲は、原作にある源氏と空蝉の恋愛模様を描いたものではなく、空蝉と軒端萩が碁を打つ姿を再現するところがこの曲のおもしろいところです。
始まりは、東国の僧が、都の三条京極中川(現在の寺町三条辺り)に到着し、この辺りは亡父が好み口ずさんでいた『源氏物語』に描かれた旧蹟、と思いを馳せていると花帽子を被り、水桶を持った尼姿の里女が現れます。僧が素性を尋ねると、この旧蹟を懐かしく思い、昔を思って姿を現わしたと答えます。里女の碁を打って旅の心を慰めようということばに、僧は空蝉と軒端萩とが碁を打ち遊んでいたことを思い起こし、今宵は誰と碁を打つのかと尋ねます。里女は「その空蝉のあま衣の」と空蝉の亡霊と明かして姿を消します。中入の後、碁盤の作り物が出され、「急いで碁を打たうよ」と空蝉と軒端萩が碁盤に向かい対局します。ここでは「一手、二手…」「星目は九曜たり…」「ねばますやらん…」等、碁の用語がたくさん出てきます。よく耳を澄まして聞いてみましょう。そして「空蝉負けたり」と空蝉は深くシオリます。その後、哀愁を帯びて静かに謡われるうちに空蝉の霊は序之舞を舞って終わります。

※方違え…陰陽道で外出するときに天一神(なかかみ)金神(こんじん)などいる方角を凶として避け、前夜、他の方角で一泊してから目的地に行く。平安時代に盛んに行われていました。
※花帽子…尼僧や高位の法体が被る、垂れを長くして両肩にかかる形をしています。尼姿の女は犬王(阿弥号:道阿弥)の得意芸でした。
※平安時代、碁は女性が打つものであったようです。『源氏物語』の中では、第五十三帖「手習」にも対局場面が出てきます。紫式部も碁が好きだったのでしょうか。
※星目は九曜たり…碁盤の上に星と呼ばれる九つの天があります。
※ねばま…「はま」は対戦中に盤上の相手の石を取り上げることをいいます。取り上げた石は、碁笱の蓋を裏返して数がわかるように乗せておきます。「ねばま」は別に隠した「はま」を持っていることから碁の不正な手段。
※シオリ…泣く型で、女は左手の指を眉のあたりに揃えて近づけます。強い悲しみには両手を使うので、注意して観てみると悲しさの度合いがわかります。

次回は最終回。「夢浮橋」をご紹介いたします。

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古典の日絵巻第六巻 日々のなかの古典

夢浮橋

第十二号 平成30年3月1日

「夢浮橋」(ゆめのうきはし)
原作ストーリー

さて、ここでもう一度、第9回に紹介した「浮舟」の話をしておきましょう。入水自殺で命を落としたと思っていた浮舟が生きていると直感した薫は、その消息を尋ねるために横川の僧都のもとに向かいます。僧都は浮舟に逢いたいと思う薫の強い思いを感じ取り、その願いを断るかわりに、浮舟から手紙をもらえるように計らいます。そこで浮舟の弟・小君を使いにやることにして、添文を持たせて小野に向かわせます。浮舟は御簾越しに手紙を持って訪れた小君を見出し、対面することを拒みます。妹尼に説き伏せられ、手紙だけを受け取り、懐かしい筆跡に涙を流しながらもこのような手紙に心当たりはないと追い返します。対面叶わず小君が空しく帰ってきたので、薫は浮舟が誰か別の男に囲われているのではと思い及びます…。

あらすじ

この曲は瀬戸内寂聴さんによって書かれた新作能です。「浮舟」の話に、寂聴さんの想像が加わった『髪』という小説が典拠となっています。『髪』では浮舟を助けた横川の僧都に弟子があったとされています。
最初に現在能、真ん中に夢幻能、最後に現在に戻るというかわった構成です。この現在能に出てくる人物こそが横川の僧都の弟子、阿闍梨です。この曲には通常の能では見られない特徴がたくさん出てきます。
まず、阿闍梨が回想するうちに匂宮と浮舟が乗る舟が登場し、相舞(あいまい)となりますが、匂宮が消え去るとき、浮舟が来ていた十二単衣を持ち帰ってしまいます。十二単をまとわない白い着物に緋の袴姿で舞う浮舟の姿は何を意味するのでしょうか。一説では、打掛を脱ぐというのは、裸を示すことを意味するといわれています。その後、僧都の命により阿闍梨が浮舟の髪を切る場面で、本物のお坊さんによる声明が聞こえてきます。阿闍梨は美しい黒髪に心を乱し、煩悩のままに黒髪を一房、懐に入れてしまうのです。能にしては実に生々しい演出です。黒髪の感触に魅せられ、煩悩に囚われた阿闍梨のカケリとなります。最後に師のお墓に髪を納め、念仏を唱えて悟りを得、終わりをむかえます。
2000年(平成12年)3月3日に国立能楽堂で初演、その後も北海道、山形、京都、大阪と多く演じられています。ご宗家は匂宮を演じました。
『源氏物語』ではたくさんの女性が出家しますが、中でも「浮舟」の出家の部分は具体的に書かれています。どうしてでしょう。寂聴さんの考え方では、この話がつくられたのは、紫式部が出家してからで、紫式部自身が剃髪したときのことを描きたかったのではと言われています。

※新作能…明治期以降につくられたものを「新作能」と呼んでいます。
※相舞…二人の役者が揃って同じ舞を舞うこと。「住吉詣」では光源氏と明石の君が連舞しています。
※カケリ…修羅道に落ちた武士の心の苦しみや妄執を抱いた男の霊の狂乱等を表す働き事。緩急の変化の激しさが特徴です。

これで「能と源氏物語の世界」は最終回となりました。1年間愛読くださり、ありがとうございました。
『源氏物語』は能にとって大事な題材の一つです。多くの方が『源氏物語』をご自身の心の一冊とされていて、頭の中に入れておられることと思います。世阿弥の残した言葉に「よき能と申すは、本説正しく、めずらしき風体にて、詰め所ありて…」とあります。本説とは、典拠が正しい、ということです。
一千年も前から読み継がれてきた『源氏物語』こそ世阿弥のいう「本説正しく」となるものです。皆さんが『源氏物語』のイメージを持っておられるところに原作どおりでないストーリーに、「おやっ」と思われるかもしれません。しかしそこに意外性を感じていただき、主人公の心のうちを感じ取っていただくことができれば嬉しく思います。
人気曲で上演回数の多いもの、なかなか上演されない希曲もありますが、今回ご紹介させていただいた演目を目にされましたら是非、能楽堂に足を運んでいただき、登場する人物の心の声に耳を澄ませてください。『源氏物語』に登場する人物の新たな発見があるかもしれません。

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