京の月

古典の日絵巻[第七巻:きものがたり]

古典の日絵巻第七巻 きものがたり

「山の端にかかる満月」撮影/中田昭

第四号 平成30年7月1日

京の月
服飾評論家 市田 ひろみ

我が家の南西のテラスが月の通る道だ。
三ケ日月も満月も美しいが 雲とたわむれる月も素晴らしい。
私は 東山から 天空に くりひろげられる月のたわむれを見るのが たのしみだ。いずれにしてもこの月のたわむれは 私を遠い中国の土地にはこんでくれる。
一九四五年。私達一家は 中国、上海から日本に帰ろうとしていた。
太平洋戦争は すでに終焉を むかえていることを子供達も知っていた。
移動手段は 汽車。中国大陸 縦断の十三日間の旅となった。
父は会社の残務整理のため 家族を 北京まで送って再び 上海へ帰らねば ならなかった。
それぞれがリュックサックひとつの旅。私のリュックには文房具、成績表、着替、衿巻きと手袋、これが私のすべての財産だった。
上海から南京 そして 北京をめざす。
長江(揚子江)へ。海のように広く 茶色い大きな波が龍のようにうねっていた。
徐州を出て何時間たったのか 突然 機銃掃射(※-1)でおこされた。
列車は急停車をしたまま 動かない。機関車に穴があいたのだ。
陽は落ちて漆黒の闇の世界、砂を巻きこんだ強い風が窓を打つ。恐怖の 大陸縦断にたえて北京へ着いた。
家族四人の最後の夜 父はあした 私達を送ったあと一人で上海へ帰る。
眠れない夜があけて 私達は 北京駅にむかった。
大混雑の北京駅のホームで 父は ほかほかの豚饅頭を帽子いっぱい買って来て私たちに渡した。
「お母さんの言うことをよく聞くんだよ」
特別列車興亜(こうあ)は静かにホームをはなれた。

子等をのせて 興亜は()てり燕京(えんけい)に(※-2)
寒暁月と 我は残れる(※-3)

ホームに立つ父の姿は 私の涙ですぐに消えた。
北京駅から一年後、父は帰国して 又 ひとつの家族になった。
いろんな月があった。
私の記憶は あの帰国の旅とともに よみがえる。
天空にさえわたる 故宮(紫禁城)にかかった月も 徐州で 危機を迎えた時も そして今 京の町にひたすら 天空に冴える月も 過ぎ去った日の小さなまぼろしだ。

(※-1)機銃掃射…機関銃で敵をなぎ払うように射撃すること(wikipediaより)
(※-2)燕京…北京のこと
(※-3)寒暁月…凍てつくような冬の夜明け前に出る月です

バックナンバー

次号は平成30年8月に掲載します。

TOPに戻る