2018年

古典の日フォーラム2018

「古典の日フォーラム2018」を開催いたしました

 昨年から若い世代の皆さんの古典に関る取り組みを一つずつ紹介しています。今年度は、冷泉貴実子さんに指導を受ける京都府立鳥羽高等学校披講研究部の皆さんに和歌を披講していただきました。続いて「文遊回廊」をテーマに、各界の代表者にそれぞれがお薦めする古典とその縁の地を紹介していただきました。後半は、『日本文学全集』を個人編纂する池澤夏樹さん、そして全集の『源氏物語』の現代語訳に挑む角田光代さんのお二人に古典文学に寄せる熱い思いをお聞かせいただきました。

◇「古典の日宣言」

小林 千恵(NHK京都放送局アナウンサー)

十二単に身を包んだ小林千恵さんによる「古典の日宣言」で幕明けです。
協力:一般財団法人民族衣裳文化普及協会

◇主催者挨拶

古典の日推進委員会会長 村田 純一

 十二単姿の小林千恵さんの「古典の日宣言」を聞きながら、10年前の源氏物語千年紀のことを懐かしく思い出していました。
 おかげさまで、年を追うごとに、古典の日の知名度は上がってきてはいますが、全国的にはまだまだ不十分だと考えています。私どもは、文化庁様のご協力を得ながら、より一層、全国に向かって古典の日の普及活動を進めてまいります。

◇ご挨拶

文化庁長官 宮田 亮平

 「古典」というのは、こんなに深くて、こんなに面白くて こんなにわくわくするものです。
 11月1日は全国、日本中で、皆が一体となって「古典の日」を迎え、一千年の時空を超えることができると嬉しい、とのおことばをいただきました。

◇和歌披講 兼題「紅葉」

京都府立鳥羽高等学校 披講研究部

秋風の 吹きたる空の もみぢ葉は から紅に 雪を染むる
二年 船田 沙加

秋風に 紅ゆるる 初紅葉 月夜の庭に 空きは来にけり
二年 藤原 海乃羽

時雨去り もみぢに宿る 白露に 月影にほふ 秋のわが宿
二年 青木 さくら

<解説> 冷泉 貴実子(公益財団法人冷泉家時雨亭文庫常務理事)
 披講とは、和歌を歌うことです。和歌は、大和の歌と書きます。和歌は昔から歌うもの、大和の歌を声を出して歌うものでした。万葉の昔から日本に伝わる五・七の繰り返しによってつくられた定型詩のことで、長歌や短歌があります。
 日本人には、五と七の繰り返しが心地よいものとして、伝わってきました。
 披講は、冷泉の家に昔から伝わる形式で、先祖である藤原定家が書いた『明月記』にも、その言葉が出てきます。また、博士という楽譜が平安の時代から変わらずに伝わってきました。披講も昔から伝えられてきたものと同じものだと考えられます。
 和歌は、昔から日本の宮廷で詠まれてきたもので、御所の中で天皇さんの前で、奉行達、貴族達が寄り集まり、披講するのが、昔からの日本のハレの舞台としての行事でした。

◇リレートーク
「文遊回廊 ~古典にいだき 古典に抱かれて~」

◆『新古今和歌集』

古典の日推進よびかけ人  冷泉 貴実子

 “和”とは、日本の季節の美と非常に深く関わっていて、日本の季節の美という型があります。春は梅に鶯。桜には霞。そのうちに柳が美しい新緑の芽を春風にそよがせ、夏が訪れます。夏は、卯花に郭公(ほととぎす)。美しい水を流す泉が湧き出る、月影や涼しき映る、というのは、夏。秋は、まず始めに七草が咲き乱れる秋の野です。日本の草花は秋の花で、薄、萩、女郎花、藤袴が咲き乱れます。そこに置く白露。そして虫がすだく。鈴虫、蟋蟀が鳴きます。その声を美しいと感じるのは私達だけで、世界中の人々は、虫の音は雑音に聴こえるそうです。そこに月影でも宿せば、あとは光源氏の登場を待つというような、美しい日本の秋の野を思い起こすことができます。やがて月は煌々と澄み渡ります。そのうちに紅葉です。“紅葉” は葉っぱが色づくということです。紅葉に鹿は花札だけではなくて、日本の典型的な秋です。冬は雪。白く冷たい雪は、私達に清浄な美しい冬の到来を知らせてくれます。四季の美は、歌の中でできあがった美なのです。一番初めに出てきたのが『古今集』。次にあらわれたのが『新古今和歌集』。これこそが“日本の美” を今、私達に大きく伝える重要なものだと思います。

◆『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群の世界遺産一覧表への記載にむけて』

古典の日推進委員会特別顧問  宮田 亮平(文化庁長官)

 2017年に宗象、沖ノ島は、世界遺産に登録されました。この斜めに繋がる島は、『日本書紀』に素戔嗚尊の刀を天照大神が折って、そこから産まれた3人の女神がそれぞれの島に降りていくという島です。ところが、最初、8つの島のうち、沖ノ島だけを世界遺産にします、と勧告を受けました。関連した8つの島が一体化して世界遺産に登録されることに意味があることを各国の大使達に伝える手段として、A3コピー用紙に絵を描きました。絵を通して理解を深めた。何事も「あきらめない」。コピー用紙に描いた絵と文化庁と外務省が団結して取れた世界遺産です。

◆『愛宕百韻』

古典の日推進委員会副会長  西脇 隆俊(京都府知事)

 天正10年、1582年の本能寺の変の直前に、戦国武将である明智光秀が京都愛宕山の威徳院で詠んだ連歌「愛宕百韻」。その発句として詠まれた歌
「ときは今天(あめ)が下知(したし)る五月(さつき)かな」
この句をこのまま読むと、雨が降っているのかなと、のどかな内容ですが、解釈によっては、織田信長に対する謀反を決意したとされる有名な句です。
 光秀は、福知山城や亀山城を築城して、城下町の整備に努め、領民からも親しまれ、歌や茶の湯に親しんだ教養人であり、文化人でもありました。
 光秀と京都府ゆかりの人物を北から結ぶと、京丹後市、宮津市、舞鶴市、綾部市、福知山市、亀岡市、長岡京市、大山崎町と「古典ロード」が完成します。2020年には、明智光秀が主人公となるNHK大河ドラマが決定しました。この物語を通じて、古典を盛り上げ、古典を通じて郷土に誇りを持ち、京都府全域で盛り上げていきたいと考えています。

◆『絵になる最初-竹内栖鳳-』

古典の日推進委員会副会長  門川 大作(京都市長)

 竹内栖鳳が描く「絵になる最初」は、はじらうモデルのしぐさを巧みにとらえた人物画の傑作とされ、国の重要文化財に指定されています。
 栖鳳は戦前、横山大観と「西の栖鳳、東の大観」と画壇の双璧をなし、「動物を描けばその匂いまで描く」といわれた達人です。
 今日は、作品に係わるエピソードとして、京都の「番組小学校」と京都の文化・町づくりの話をします。京都にとって、生死存亡の危機の明治維新の中で、子どもさえ育てば未来はあると、お金を出し合って、日本で最初の64の学校を創り、運営してきました。その番組小学校に、京都画壇、陶芸家、芸術家が多くの作品を寄贈し、教育に関わってきました。昭和初期に活躍した女性画家、上村松園もその一人です。格調高い松園様式といわれる画風を確立し、女性として初めての文化勲章を昭和23年に受章します。
 この番組小学校も来年で150年です。子供の教育環境を第一に64の小学校を統合して整備しなおし、芸術センターや音楽学校、学校歴史博物館等々に使われています。
 明治13年に日本で最初にできた京都画学校は男女共学でした。千年前に、紫式部が『源氏物語』を書いた。京都は、千年前から女性が活躍してきた場所です。これからも文化庁とともに文化芸術立国に貢献していこうという取組をしていきます。

◆『源氏物語 宇治十帖』

古典の日推進委員会副会長  山本 正(宇治市長)

 『源氏物語』は、全54帖という長編作品であり、最後の10帖は、主な舞台が宇治であることから、「宇治十帖」とも呼ばれています。
『源氏物語』は史実ではありませんが、江戸時代の初め、「宇治十帖」の帖ごとに、その舞台にふさわしい古跡の10カ所が定められました。「第47帖 総角」の古跡は、仏徳山の登山口。「第48帖 早蕨」の古跡は、宇治上神社の北側。「第51帖 浮舟」の古跡は、三室戸寺の境内の鐘楼の隣にあります。
 宇治には、宇治川という悠久の流れがあり、変わらぬ山々があります。千年の昔と変わらぬ、『源氏物語』に描かれた風景に出会うことができます。

◆『文遊回廊 古典に遊び、時空を翔ける』

コーディネーター  荒木 浩(国際日本文化研究センター)

 「文遊回廊」というのは、古典に遊び、時空を行ったり来たりすることではないかと考えています。「古典に遊び、時空を翔ける」を提示すると、
 1つ目は、古典が持つ世界への広がり。『方丈記』が八〇〇年を迎えた時に、スメタナの「我が祖国」第2曲を思い出しました。高校生の頃、ボート部にいたので、川に対して郷愁があり、故郷の信濃川にしようかと思いましたが、やはりヴルタヴァ、世界と故郷です。
 2つ目は、明石と龍宮の関係で、『源氏物語』や『平家物語』を辿ると見えてくる、文学が開拓した新たな文学空間。文学世界と異界の関係。
 3つ目は、古典文学の永遠のトポスは京都御所。あの有名な場面「あなかしこ このわたりに、若紫やさぶらふ…」も、かつて道長の住んでいた土御門(現在の御所)で展開されました。ここを起点に、ぐるっと回って最後に御所、御苑に帰ってくるのが、まさに「文遊回廊」の終着点ではないでしょうか。

◇講演「恋とあはれみ ―古典に見る日本人の心」

作歌・詩人 池澤 夏樹

 十数年前であれば、こんなテーマで話をするとは、想像もしていなかった。その頃は、『世界文学全集』の作業を進めている最中で、頭の中は世界しか頭になかった。その時に、出版社の社長から『日本文学全集』の出版についての話があったが一笑に終わった。なぜと問われると、世界文学についての知識はあったが、日本文学については皆目知らなかったからにすぎない。『世界文学全集』が順調に進み終わったのが、2011年3月10日。翌日に震災が起こった。その後、新聞社に言われ、現地ルポに入り、その後もボランティアをしながら、取材を続け頻繁に東北、特に三陸海岸に通った。永遠とどこまで行ってもがれきの山。その中をうろうろしながら、あの頃は誰もがよく泣いていた。情けなくなった。なんでこんなに自然災害の多いところで、我慢して暮らしてきたのか。災害や不幸と、楽しいことと美しいものの間で、人の心をどう養ってきたのか、ということが気になった。日本人とは何か、何を思い、何を幸せとして暮らしてきたのかを知りたいと思った。その手がかりとなるのが、文学であった。日本文学を猛烈に勉強してみたら、何かがわかるかもしれない。そして『日本文学全集』を取り組むこととなった。
 しかし、古典文学は原文のままでは、精読はおろか通読も難しい。文学は、ストーリーである以上に文体が大切である。古典なのでストーリーはすでにある。登場人物も決まっている。会話も全部できている。それを今、読むための文体がほしい。文体を持っているのは、作家と詩人である。今、活躍している作家と詩人の皆さんに恐る恐る頼んでみたら、意外にも引き受けてもらえた。私が担当したのは、文学史で一番最初に出てくる『古事記』。では、長く、難しい『源氏物語』を誰に担当してもらうか。悩んだあげく角田光代さんにお願いしてみたら受けてくださった。
 苦労したが、順調に毎月刊行し、11月1日『源氏物語』中巻の刊行となった。今日は、皆が翻訳してくれたものに目を通してわかった日本人の心の動きについて話します。

◇日本文学の特徴の基礎-日本の自然

 日本人はその時、その時の自然を愛でて暮らしてきた。自然はどこの国にもあるが、この国ほど微妙に形を変える自然はない。なぜ、これほど変化に富んでいるかを考えると、一つには災害の理由である火山により国土が複雑な地形となり、気象の違いによって豊かな植物や動物が生育してきた。この変化を愛でることが文学を読む基礎となる。日本語で一番大事な基本動詞は「なる」。一方、キリスト教の世界は「つくる」。「なる」というのは、木に実がなる、子どもが大人になる。など、すべてが自分の力で形を変えて大きくなり、姿を変えていく。学術的に言うとアミニズム。この自然観が日本人の世界観を形成した。
 日本は隣国の中国から文明を学び、日本特有の文明をつくってきた。日本人はどこの国にもない孤立した言葉を使い、心に湧く思い(悩み、喜び、悲しみ…)を言葉にのせてきた。それが歌となった。口伝えで歌を憶え、より磨かれて次の世代に語り継がれてきた。文字ができ、文章となり、歌を記録したものを整頓し、『古事記』を編纂したのが太安万侶。時代が下がり、自分の心のあり方を自然に重ね合せて、日本人の特徴である五音、七音の組合せで歌に表現してきた。
君が行く 海辺の宿に霧立たば 吾が立ち嘆く 息としりませ
<夫がいない(国の使命で新羅に向かった外交団の一人)。旅先で、もしあなたが海辺の宿に泊まったとして、海に霧が立ったら、それはここで待っている私が嘆いて出した吐息であると思ってください。>
このように日本の詩歌の特徴は、自分の気持ちを、自然を持ち出して歌に表現してきた。

◇日本文学の特徴Ⅱ-恋

 ともかく恋が好き。中国では、例外的なものを除けば、立派な男が恋をテーマに取り上げることはなかった。ところが日本の場合、実態を伴った恋が文字となった。その理由の一つは、人間同士が行為することは、草木が育つという機能を伴う恋であったからだ。
大林に 我を引き入れて せし 人の面も知らず 家も知らずも
<林の中に私を引っ張り込んだ人のことを私は名前も顔も知らない>
 これは楽しみではなく、豊穣の祈願の為の事実だった。この考えは延々と続き、『源氏物語』に見られる恋は、国が安定して運営できる、穀物がたくさん実るように、という国の義務として考えられた。時を経るにつけ、言葉は具体的でなくなり、読み込まないとわからないほど文明化された。
 また、歌もさまざまに展開し、連歌が流行し、俳諧の連歌となる。次に流行するのは、連歌の発句で、恋に繋がる言葉が入ったものになる。
一家に遊女と寝たり萩と月 (『奥の細道』)
 宮中でも古典的な和歌は詠まれ続けるが明治から後、天皇は恋の歌は詠まなくなり、恋という書体が薄れてきた。

◇日本文学の特徴Ⅲ-あはれみ

 「あはれ」は、自分の身に起こったことで、自分でもどうしようもない悲しみ。「あはれだ」は他の人の身に起こったことで、かわいそうだと思うこと。この不幸な身をしている人への心の傾け方が「あはれ」であり「あはれみ」。例えば戦争文学というと負けた側、「曽根崎心中」をみると弱い側に気持ちがいく。追いつめられ、死ぬ方に気持ちが寄り、悲恋は恋の手本となり、読み手や観衆の気を引いてきた。時代と共に西洋の文学が入ってくると、日本文学は大きく変化した。「恋」をテーマにしても「あはれ」について書かれることはなくなってきた。日本文学は長い歴史を辿って変わってきた。古典に見る日本人の性格と今の日本人の性格は無関係。昔の方が優雅で美しいように思っている。翻訳でいいから古典に親しんでほしい。

◇解説「源氏物語 澪標・関屋源氏物語屏風」

静嘉堂文庫美術館長 河野 元昭

 この屏風は、専門用語で六曲一双屏風と呼んでいます。6つのパネルが蝶番で繋がる六曲屏風の右隻、左隻を一ペアとして、一双と呼ぶ。これを描いたのが、俵屋宗達という天才です。屏風の端に、落款「法橋 宗達 対青軒」が押され、彼が描いたということが証明されます。
 元和元年1615年に、宗達が画家であれば、彼と仲の良かった、アートディレクターといってよい本阿弥光悦が、徳川家康から鷹峯の地を拝領して光悦村をつくりました。それが光悦寺を中心とする辺りです。それから数えてちょうど400年の2015年、宗達に始まる琳派という流派(ジャンル)のお祝いの節目の年となりました。
 琳派という一つの流派の始祖が、光悦と俵屋宗達という天才です。この屏風を見ただけで万人が、天才であると直感的に思われるでしょう。この宗達を継いだ尾形光琳、弟の尾形乾山、このような人達が、一つの琳派というジャンルをつくり、京都に造形の分野で最高のピーク、最高の作品を残しました。
 宗達の最高傑作が、静嘉堂文庫美術館が所蔵する「関屋・澪標屏風」です。元々は醍醐寺にあり、そこに残る日記によって、この屏風が寛政八年(1631年)に描かれたということも最近はっきりと証明されました。左隻が「澪標」の段で、光源氏が住吉神社に願ほどきに来た時に、明石の君が偶然に舟でやってきますが、自分のいやしい身分を恥じて、会わないで歌の応答だけで帰ってしまうという一つの段。右隻の「関屋」も願ほどきの場面です。光源氏は御車の中にいます。石山寺にお礼詣りに行くと常陸から帰ってきた愛し合ったことのある空蝉と夫が一緒に大坂の関に戻ってきて、ここで偶然に出会う場面です。この屏風は2つの話が「邂逅」という、偶然に恋人同士が出会うという点で結ばれているのがたいへんおもしろいところです。このように一隻の中に、どの場面を選ぶかは画家よりかは、その後ろにいたブレーンに任されていたのではないかと思っています。宗達が登場する前には、日本の伝統的な画風を守っていた土佐行広から始まる土佐派の伝統があって、その画風がこの屏風にもあることは否定できません。しかし、伝統的な土佐派の屏風には、光源氏が描かれていたり、明石の君が表現されていたり、ヒーローとヒロインが登場することが殆どです。しかし宗達の絵は、むしろ主要人物を隠して大画面の大きなコンポジション、構成に非常に大きな精力を注ぎ、伝統を重んじながらそれを超越し、飛躍した独創的な新しい画面を創り上げています。これが宗達の天才の所以であると私は思います。
 宗達がいかに細かいことに注意したかということを見てみると、完成した後も、金箔を貼って、人物の微妙なプロポーションを気にしてこの作品を完成させているというのが、よくわかります。
 来年、ニューヨークのメトロポリタン美術館で「源氏絵展」という大きな国際的な展覧会が行われます。初めて海外にニューヨークに持って行くことになりました。そこに集まった多くの人々からオマージュを捧げられ、人々から熱い視線を浴びる一番人気の屏風になるであろうと確信しています。

◇対談「今、『源氏物語』を訳して」

小説家 角田光代×三宅民夫
 今日、11月1日は『源氏物語』中巻の刊行日です。「古典の日」に合わせて発刊してくださったかのようです。『源氏物語』の翻訳という大きな仕事に挑む角田光代さんに三宅民夫アナウンサーが今の声をインタビューしてくださいました。

(三)過去、さまざまな方が訳されていますが、プレッシャーはありませんでしたか?
(角)逆にありませんでした。谷崎から瀬戸内寂聴先生、円地先生、橋本治さん、最近では林真理子先生が訳されています。いろいろなアプローチ訳があって、すべてすばらしいものだから、みんなはそれを読めばいい。私が訳すことは上書きすることではない。その中の末に加えてもらっても、他のを読めばいいんだから、と思うとプレッシャーはありませんでした。
(三)負けちゃいけないとか、自分の肩に力が入っているとか。
(角)もうそちらを読んでください、私のは読まないでいいです。という気持ちの方が強かった。
(三)自分なりのものを考えないといけないというような気もしますが。
(角)一番難しかったのが、池澤さんのお話に、古典を学生時代に勉強して、何か苦手意識があって、そして興味がない、とおっしゃられていました。私は、古典自身は嫌いではありませんが、『源氏物語』について何も思わなかったし、まったく愛情がない。愛情がないというのは、嫌いだという意味ではなく、興味がないの一言につきるんです。しかし、いろいろな方の訳を見ると、いろいろな意味で、いろいろな観点から『源氏物語』に対する愛情をお持ちです。解釈、現代語訳するには、その人の持っているその物語への愛情が立脚点になると思いました。皆さん、それを足がかりにして、自分なりの訳を展開している。その時に、自分の中に愛情がまったくないので、どこに立脚点をつくっていいのか、どの観点から訳していいのかわからない、というのが苦しくて、そこを決めるまでがたいへん悩みました。
(三)番組も愛情があるとよくなってくるのでよくわかります。それが見いだせないのはつらい。それで、どうされましたか?
(角)それで、ただ愛情がないまま始めましたが、いろいろな方のすばらしい訳を一生懸命読もうと思っても、中に入っていけない感触があって、必ず途中で挫折してしまいました。ところが『源氏物語』のダイジェストや、短い解説文を読んだ時の方が、こんなにおもしろい物語なのかと入れたんです。これはきちんと訳す、丁寧に訳すというよりも、ページをめくる手が止まらなくなるような、ダイジェスト版のような現代語訳にしたら、もっと大きな物語をつかめるのではないか、と思いました。ようやく自分の足掛かりを見つけて、ともかく“ばっ”と読める、その為には格調はいらない。格調は他の皆さんが出しているから、私は日本一格調のない『源氏物語』 にしよう。格調高さよりもこの話のおもしろさ、物語のすごさを全面に出そう、と決めました。その一番大きなことは、敬語を使わない謙遜語は使わないということでした。
(三)それが読みにくくなっていると。
(角)そうです。『源氏物語』は、敬語ありきの小説です。敬語や謙遜語で立場の違いを出していて、誰が誰より偉いのか、どの女の人が夫より身分が高いのかということを全部細かく出していて、それを取ると普通の人間達が恋に悩んだり、思いが行き違ったりする物語になります。 『源氏物語』から敬語を取るということは、本当にひどい、犯罪的なことだと思いますが、それを敢えてやりました。
(三)読みにくくならないように、世界に入ってもらえるようにするために。正直に言うと、私は司会をする資格がなくて、途中でだめになったり、読み返さないとわからなくなったり、何度も挫折しています。角田さんのは、読める感じがしていて、でも格調がある感じがします。皆さん、どんな世界か知りたいですか?ちょっとだけ下読みしてきました。作者の前で読むのは、勇気がいりますが、角田さんの世界をちょっとだけ味わっていただくために、少しだけ読ませていただきます。一番冒頭の部分です。重いです。
いつの帝の御時だったでしょうかー。その昔、帝に深く愛されている女がいた。… … …
いたらない読みでございます。
(角)読むのがお上手だから、わかりやすいですね。すーっと入ってきます。
(三)ありがとうございます。
(角)現代でいう、小説のおもしろさ、物語のおもしろさが、「若菜」上・下巻には“ぎゅー” と、詰まっています。私は、この「若菜」をやっている時だけは、おもしろすぎて、何にもしたくなかったくらい、本当におもしろかったです。
(三)のめり込んでいく感じ?
(角)のめり込んでいく感じです。話が“ぐわんぐわん” 回っていく中に、自分も入っていく感じです。何がおもしろいんだろう、と思った時に、上巻では、そういうことはありませんでした。上巻は、決まっている運命の中で、それぞれがあきらめて、その運命を受け入れるような印象がありました。「若菜」のおもしろさは、もし、このことがなければ、この気持ちにはならなかったし、この気持ちにならなければ、次のこの出来事は起こらなかったという、何か意思と関係ないところで、光源氏もどうにもできないところで、偶然なのか必然なのか、どっちとはわからないのですが、とにかく、巻き込まれてしまう。
例えば、私は今日、朝9時の新幹線で来ましたが、もし、乗り遅れて、10時の新幹線に乗ってしまった。その為に起こる出来事があると思います。その為に逢った誰か。その為に聞いてしまった話。その新幹線に乗ったために狂った何か、が、別のことを起こす。別の扉をあけてしまう。その扉から何かが出てきて、そこでまた感情が動いて、別の何かが動いていくという、運命のうねりみたいなものが、書かれていて、そこがおもしろかった、と思います。
(三)角田さんの小説『八日目の蝉』は、自分も追われていくような気持ちになって、はらはらしていく。読んでいて、そういう感じがあります。その角田さんが引き込まれている、と、おっしゃるのは、なかなかのことかもしれません。中巻は光源氏の歳でいくと、二十の半ばぐらいから?
(角)三十過ぎから五十前後で亡くなるまでが中巻です。
(三)なかなか思い通りにいかなくなる、振り向いてくれない女性も現れる。
(角)そして歳を取っていきます。すごく興味深かったのが、多分、光源氏も自分が歳を取っていくと思わなかった。上巻の感じでは、年齢に勝てると思っていたと思います。しかし、年齢、月日というものに、あらがえない、どんどん自分が老いてみすぼらしくなっていく。みすぼらしくなっていくという描写はありませんが、どんどん弱くなっていく。それが、人間に戻るという印象を持ちました。
(三)その弱くなっていくという感じは、歳と共にすごくわかります。何かある悲しさも漂い、弱くなっていくという感じは確かにあります。
(角)上巻では、光源氏はスーパーマンで、私には人間には思えなかった。顔も輪郭すら思い浮びませんでした。神様ではないですが、運命の本(もと)というようなものがあって、そこに近づく女達が、何かによって運命を狂わされていく、という印象で、上巻では、人間離れしたものという感じしか持てなかった。中巻にきて、どんどん歳をとっていく。そしてもらった妻も他の男に娶られてしまう。好きで、くどいてもくどいても振り向いてもらえない、という初めて弱さ、彼が思い通りにいかないことにぶつかっていくことで、ようやく人の輪郭が見えて、顔もぼんやり見えてきて、「あー、人間になってきた」という感じがして嬉しかったです。
(三)紫式部という作者も、そこのところを考えて書いたのでしょうか?
(角)そこが、わかりません。紫式部が実際はどこで話を終わらせようとしていたのか。もしかすると、中巻は、彼女は構想していなかったけれども、書いてしまったのかもしれない。自分の中では、終わっている話だけれども物語が暴走して、彼女がついていかざるをえなかった部分かもしれない。
(三)作者だから構想してお書きになると思いますが、今、おっしゃったのは、本人の考えではなく、筆が進んでいくというようなことがあるんですか?
(角)多分あったと思います。こんな長い話にするつもりはなかったような気がしていて、ただ、終わらせてもらえなかったのか、物語がどんどん進んで、本人は暴れ馬に乗るように、その筆に任せてついていったのか、そこは想像がしづらいです。ただ中巻になって、作者は人間を書き始めた、とう印象を強く持ちました。上巻は、別の何かを書いていた。中巻になって、人間を書くことに興味が向いたという印象を非常に強く受けて、光源氏を人間として捉えたという感想を持ちました。
(三)紫式部本人が、説明している訳ではないので、読み手の方の想像になると思いますが、文学を書いてらっしゃる角田さん自身が考えると、どうもそうではないか、という。おもしろいですね。
(角)おもしろいですね。こういうことは想像するしかありません。作者はどこまで書こうとしていたか、どういうことを書きたかったのか、というのは、想像するしかありません。多分、これも愛情と近いと思いますが、読む方も、あるいは訳す方も、係わった研究される方も、みんないろいろな違う解釈があると思います。それこそ、紫式部一人が書いたものじゃない、という説もたくさんありますし、多分、どんな人が、どんな解釈をしても、こうなんじゃないか、と想像しても、全部吸収してくれる物語だと思います。全部許してくれる。「そうかもしれないね、そうかもしれないね。」と言ってくれる。だから、こんなに読まれて、愛されて続いてきたんだな、と思います。
(三)人それぞれ好みは違いますが、『源氏物語』は、違う多くの人を惹きいれる何かが。
(角)違う解釈も、違う受け取り方も全部許してくれる物語だと思います。
(三)私、世界が小さくてすぐ放送の話になりますが、テレビの番組も見る人によって、さまざまな思い、印象を抱ける番組の方がいい番組だというプロデューサーがいました。そういう感じが『源氏物語』にもあるんですね。角田さんから見て、紫式部という作家はどういう作家に映りますか?
(角)多分、本当に頭のいい方で、芸術に対して、お洋服や女性の生き方に対して、いろいろなものに対して興味があって、しかも自分の考え方があって、そして天才的に何かストーリーづくりに恵まれた人だと思います。私が一番、この作者をすてきだと思うのは、絶対いじわるな人だと、底意地の悪い女だったと思うところです。
(三)どういうところでお感じになるんですか。
(角)「末摘花」のところです。実際読んで訳していくと、容姿をけなす悪口が10行ぐらいに亘って続くのですが、どう考えても悪口を言っている時がいきいきとしています。座高がこんなに高くて…。読んでほしいのですが、その部分がいきいきしています。中巻でも彼女に対する悪口が出てみますが、何か嬉しそうな、いきいきした感じがあります。作者は登場人物になりきって和歌を詠んでいます。全部、詠み分けているのがすごいところですが、この末摘花のつくる和歌に対して、無知な私でもすごくばかにしたと思うくらいの和歌を詠ませています。中巻にはもう一人、近江の姫君という作者がちょっとばかにしているようなキャラクターが出てきますが、明らかに彼女には愛情があります。かわいい、憎めないキャラクターとして書かれていて、彼女にもすごくおもしろい歌を詠ませていますが、それとは違う何かすごく底意地の悪い気持ちが末摘花にあって、そこがおもしろいと思います。
(三)角田さんの本を読んでいて末摘花にいく前のところで、男性達が女性談義をするところがありますよね。それも男が語っていて、女性について、結構するどい批評をするところがあって、すっと惹きこまれていく。
(角)厳しいですよね。インテリ女は頭でっかちでダメ!みたいな。
(三)そういう状況をよく見て、本人の心の中には、そういうことがあったってことです。
(角)私は、何かを書こうとする女性は、天真爛漫で天使みたいな気持ちの人は少ないのではないかと勝手に思っていて、どこかに一点、底意地は悪くなくてもいいんですが、どこか退いて見ているというところがあると思っています。
(三)角田さんの小説は、あんまり登場人物は悪く書いていないですね。
(角)悪くは書いていませんが、よくも書いてはないです。
(三)小さい時に紫式部はお母さんを亡くしていますが、そういうある淋しさの中で、人の世界をよく見てたりとか、あるいは本人の実体験として、いじめということはないかもしれないけど、つらい思いをしたことがあった、というようなことがあったのでしょうか。
(角)こんなに何度も宮中内で意地悪なことがあったり、お母さんが娘に「くれぐれも他の女と競おうと思うな、嫌な目にあうだけだから」と諭す場面があるので、うずまく世界を見てはいるんだ、と思います。
(三)時代は千年前で、虚構の中の世界ではありますが、起きていることは感情の動きも含めて私達と無縁ではないですね。
(角)そうですね。中巻にきて人間を書くと言いましたが、感情の動きが細やかに書かれ、私達と同じことを感じて書いているということがわかって、それを読むとびっくりしてしまう。
ただ一つ、フィクションとして東京で仕事をして、フィクションとして現代語訳に向き合い、すべてフィクションとして考えていました。京都に来てびっくりするのは、今日いただいた宇治とこの辺りと2つのスタンプラリーの台紙に「ここで、葵上と六条御息所と小競り合いがあった」とか、「このお寺で六条御息所と光源氏が逢った」とか、お話はフィクションだけれども、場所が残っているから京都の方は、地続きなんだと。『源氏物語』の全訳が終わったら、スタンプラリー2個とも取っておいて参加しようと思うぐらい、本当に羨ましくて、皆さんを前に話すのがはずかしいんです。ねっ、知ってるんですから。
(三)時代は変わってもかつてのものを引き継いでいるところ、先ほど、鳥羽高校生の披講もそうですが、そういう所にいると、かつての人達の気持ちというのも、すーっと入ってくるというのがあるのかもしれませんね。
(角)京都の方は、私の現代語訳を許せないと思います。でも、今までいろいろなものにチャレンジしてきたけれども挫折ばっかりだったな、という方がいたら、ちょっと重いですが、読んでみていただけたら嬉しいです。
(三)角田さんは『源氏物語』を訳されている一方で、今の女性達も描いた作品もたくさん書いてらっしゃいますが、この『源氏物語』の頃の女性達と今の女性達と、どういう風に感じてらっしゃいますか?違う、同じ?
(角)システムというか、いろんな恋愛のシステム、結婚のシステムがまったく違うので、自由である、自由でないということは、本当に大きな隔たりがあると思いますが、基本的なところでは、何が変わったんだろう、と。特に中巻では、いろいろな人の思いがすれ違って、自分の思い通りにいかなくて、悩みが生まれて、その悩みの中で自分の人生を見つめていく、ということと、今、自分の人生は自分で選んで決めている、いるはずだと思っている私達とどこが違うんだろう、と正直わからなくなりました。
(三)向老期に入っていく者は、是非、読んでみたい気がします。中巻まで出て、今度、下巻になっていく訳ですが、宇治十帖ですか。これはどういう世界になっていくという風に、角田さんは考えてらっしゃいますか?
(角)まだ宇治十帖は途中ですが、上・中と場所も変わるからかもしれませんが、がらりと雰囲気が変わります。中巻で人間を書いたと言いましたが、下巻にいくと、もっともっと人間臭くなる印象があります。下巻をやりながら上巻のことを思い出すと、なんか神話の世界、すごく美しかった世界が昔あったなぁ、という感じです。そこから、時代が下がってきて、光源氏の子孫である子供や孫達であるのに、あんなにかっこよく生きられない、スマートにできない、人間関係もうまく運べない、ちょっと愚かな人間達を描いていく。私達に近い下界に舞台は移っていきますが、池澤さんがおしゃったような自然描写がすごく美しい。またがらりと違った趣だと思っています。
(三)1年かかる訳ですね。
(角)早くて1年。
(三)体に気をつけて、楽しみにしておりますので、いい作品を作り上げてください。楽しいお話をありがとうございました。

 ご応募いただいたのに落選になられた方、またご参加いただけなかった皆さまには、生の声をお届けできないことを残念に思っています。掲載の関係で、お話いただいた内容を集約せざるをえず、お人柄や情熱をお伝えしきれないことをお詫び申し上げます。リレートーク、講演、対談とあっという間に時間は過ぎ、ご参加いただきました皆さまには、充実した時間をお過ごしいただけたことと思っています。来年は、古典の日推進委員会が発足して10周年を迎えます。宮田文化庁長官のお言葉をお借りするならば、「古典」というのは、こんなに深くて、こんなに面白くて こんなにわくわくするものであるということをお伝えするために、さまざまな事業を展開してまいります。どうぞ楽しみにお待ちくださいますように。