[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

八重山吹
古典の日絵巻「第8巻:わたしの源氏物語植物園」をお届けします。

『源氏物語』には、驚くほどたくさんの植物が登場します。千年前に紫式部が見た植物を京都府立植物園で年間を通して観賞することができます。物語に登場する植物は、それぞれ女性達の姿として例えられ、お互いが交わす文に詠われてきました。植物大好き!『源氏物語』大好き!!な、松谷茂名誉園長のお話を片手に植物園にお花を見つけに行ってみませんか。


松谷 茂(まつたに しげる)
京都府立植物園名誉園長/京都府立大学客員教授
京都大学大学院農学研究科修士課程森林生態学専攻。1975年京都府入庁(農林部林務課)。京都府立植物園技術課長。2006年6月京都府立植物園第9代園長就任。2006年~2009年度連続4年入園者数70万人超え(国内総合植物園では4年連続No1入園者数)達成。2010年5月京都府立植物園長退任(定年退職)し、京都府立植物園初となる「名誉園長」の称号を贈られる。現在、京都府立大学大学院生命環境科学科研究科客員教授、京都府立
植物園名誉園長。

第一号 平成31年4月1日

4月 山吹
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

 「ホンマモンの植物で勝負」、のスローガンで入園者増対策にまい進していたころ「源氏物語の植物を園内地図にあらわしましょう」と立案し、実行してくれたのが、当時課長の金子明雄さん(後に、第十代園長)。源氏物語千年紀(2008(平成20)年)の2年前のことでした。
源氏の植物80種以上に出会える京都府立植物園。
植物を理系のみならず文系的側面からも論じたい、とかねてから思い描いていた私は、このことが契機となり「源氏物語に登場する植物」に至りました。
情報の圧倒的に少ない時代に、100種以上もの植物を物語に登場させた紫式部。彼女の超天才的な観察眼に思いをはせ、私なりの解釈も交えつつおとどけします。

 春、谷沿いの山道を歩いていると、はっとする黄色に出会うことがあります。山吹は、まわりがまだ無機質色の山の斜面下部にあって、湾曲した細い枝に黄色の花を連続して咲かせ、まるでスポットライトを浴びているかのように輝きます。紫式部は、どこかの山道でこの光景に出くわしたとき、玉鬘を思い浮かべたのでしょうか。


玉川の山吹 写真提供:井手町

山吹が最初に登場するのは第5帖「若紫」。
 白き(きぬ) 山吹などの()えたる着て走り来たる女子(をむなご)

そのあとも着物の色目を具象化する表現の一つとして出てきます
 葡萄染(えびぞ)めの織物の御()、また山吹かなにぞ、いろいろみえて   第6帖「末摘花」
 (くれなゐ)、紫、山吹の地のかぎり織れる御小袿(こうちぎ)などを着たまへるさま  第7帖「紅葉賀」

植物としての初登場は、第21帖「少女」。
 御前(おまえ)近き前栽(せんざい)、五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅(いはつつじ)などやうの春のもてあそびをわざとは植ゑで

六条院春の庭に、梅や桜、藤などとともに植栽された華やかな光景が目に浮かびますが、
京都は綴喜郡井手町の玉川が、当時から山吹の名所であったことを示す歌も登場します。
  の池や井出のかはせにかよふらん岸の山吹そこもにほへり

第28帖「野分」では、春の庭に八重山吹の咲いている様が描かれ、この花を紫式部が見ていたことにたいへん驚きました。
山吹の花びらは5枚が基本。雄しべ、雌しべが突然変異を起こして花弁化するとそれは八重咲になるので、八重山吹が自然界に存在してもなんら不思議ではないのですが、突然変異はどこにでも発生するものではないし、そう簡単には見つからないからです。山の中でそれを見つけ、庭に植えた人がすばらしい!


山吹の花びらは5枚が基本
 
八重山吹を見つけ出した紫式部の観察眼に驚き!

世界に誇る日本の園芸植物文化発生期の室町時代に、豪華な花付きの八重山吹を花材として利用するのはわかりますが、それよりかなり前に八重山吹を見つけ出し、すでに鑑賞の対象としていた紫式部の観察眼に驚くと同時に、源氏物語の持つ植物誌的な価値評価を学術的に考証する必要性もあるのでは、と感じます。

六条院夏の町の西の(たい)に住む玉鬘は、源氏と夕霧から山吹にたとえられました。
源氏は、正月用の衣配(きぬくば)りに、明るく華やかな山吹襲(やまぶきがさね)の晴れ着をプレゼント。
  りなき赤きに、山吹の花の細長は、かの西の対に奉れたまふを  第22帖「玉鬘」

台風見舞いに源氏に同行した夕霧の目には、垣間見た玉鬘は八重山吹のように美しいと映りました。
 八重山吹の咲き乱れたる盛りに露かかれる夕映(ゆふば)えぞ、ふと思ひ出でらるる  第28帖「野分」

紫式部は、山吹の咲く枝をたどった株元に、玉鬘の母・夕顔の姿を重ね合わせて構想を練ったことでしょう。

[参考図書]
阿部秋生ほか校注 源氏物語    新版日本古典文学全集 小学館   2017年
上坂信男     源氏物語 その心象心理        笠間選書  1977年
本田一泰ほか   花びき源氏物語            未刊行   2008年

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古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

撫子

第二号 平成31年5月1日

5月 撫子
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

なでしこジャパンは知っていても、ほんまもんのナデシコの花を知らない御仁は、失礼ながら多いかも。
ナデシコの植物分類学的な名称はカワラナデシコ。ヤマトナデシコの異名もあり、表記の大和撫子からは何とも言えない雅な感覚を覚えます。
開花期が4~9月と長く、夏の間も咲くことから、古名の常夏(とこなつ)に納得です。
同じ花なのに、ナデシコとトコナツとの間には、奥の深い文学的解釈があると知ったのは、源氏物語をかじり始めた千年紀(2008年)の少し前。

「ナデシコは、頭を撫でたくなるほどのカワイイ子」から小さな子供に対して使い、「トコナツは、床懐かしい」から大人の女性に対して使う言葉なのですが、物語に登場する男女の贈答歌の場面では、当人にしかわからない人生の機微を捉えた表現であるがゆえに、読み手側は、この顛末は如何にと、計り知れないドキドキ感満載の情景を思い浮かべつつ、ますます深みにはまり読み進みます。

◎第二十六帖「常夏」


源氏:なでしこのとこなつかしき色を見ばもとの垣根を人やたづねむ


玉鬘:山がつの垣ほに生ひしなでしこのもとの根ざしをたれかたづねん

源氏の詠んだこの歌は、第二十六帖の帖名「常夏」の根拠となりました。
源氏36歳、玉鬘22歳。

源氏は、「美しいあなた(=玉鬘)の姿を見たら、内大臣(昔の頭中将で、玉鬘の父)はあなたの母(雨夜の品定めで、頭中将が話した、かつて愛した控えめな女性(常夏(とこなつ)の女=夕顔))をきっとお尋ねになるでしょう」と歌うと、玉鬘は泣きながら「卑しい身分に生まれた私の母親を、だれが探し出すのでしょうか」
この贈答歌の伏線は第二帖「帚木」にあって、私にはこちらのほうがグッと心に響きます。

ナデシコ・城南・イクシ

◎第二帖「帚木」


頭中将:「………消息(せうそこ)などもせで久しくはべりしに、むげに思うひしをれて、
心細かりければ、幼き者などもありしに思ひわづらひて、
撫子(なでしこ)の花を折りておこせたりし」とて涙ぐみたり。


源 氏:「さて、その文(ふみ)の言葉は」と問ひたまへば、


頭中将:「いさや、ことなることもなかりきや。」


女  :山がつの垣(かき)ほ荒るともをりをりにあはれはかけよ撫子(なでしこ)の露


……………


頭中将:咲きまじる色はいづれと分かねどもなほとこなつにしくものぞなき

源氏17歳、頭中将17歳、玉鬘3歳。
気になるのは歌の前文で、女(=夕顔)が夫である頭中将にナデシコの花を添えて手紙を出した場面。
夕顔は、花と一緒につぼみも意識して添えたに違いない、と想像します。
本妻の嫌がらせから逃れて姿を消していた夕顔は、訪ねてこない父親(頭中将)に対し、かわいいわが子(玉鬘)にはせめて情けだけでもかけてください、との切々たる思いをナデシコのつぼみと花に託し、訴えました。

紡錘形で淡い緑色のつぼみが膨らみ、その先端から花びらが顔を見せ始めると、ドラマチックな開花ショーがスタート。
花びらは一気に開くのではなく、ほどなくソフトクリーム状に成長すると、ゆるゆるとほどけゆき完全開花に至ります。その姿は、美しく成長した華やかさあふれる玉鬘。
頭中将のプレッシャーは相当なものだったに違いありません。

白花の撫子
白花の撫子

[参考図書]
校注:阿部秋生ほか/源氏物語/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
高嶋和子/源氏物語植物考一/国研出版/2006年
上坂信男/源氏物語その心象序説/笠間選書/1977年

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【開花情報】
京都府立植物園では、植物園会館玄関前で「なでしこ」を展示しています。かわいいなでしこが皆様のお越しをお待ちしています。(6月12日現在の状況をお知らせします)

白花の展示

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次号は2019年6月に掲載します。

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古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

第三号 平成31年6月1日

※7月は「末摘花(紅花)」を紹介します。原稿より一足早く咲き始めました!!

6月 橘
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

源氏物語に登場する『橘』と、セットになるキーワードを文学的に選択した場合、①常緑樹、②香り、③時鳥(ほととぎす)、④五月(雨)、⑤果物の順位となりましょうが、私なりの解釈で選択すれば、⑤果物がダントツのトップです。
冬でも葉を落とさない「常緑樹」は当時、永遠なる繁栄の象徴でした。「香り」、それも梅雨空の雨雲を振り払うかのように風に乗って漂う橘の芳香は、昔の人を懐かしく思い出させ(「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」古今和歌集)、冥界と現世を行きかうとされる「時鳥」の鳴き声とともに、人の思い・懐旧の情を連れて現れる象徴となりました。

凋落の人となり、気持ちが落ち込んでいた源氏(25歳)は、麗景殿女御(れいけいでんにょうご)(父故桐壺院ゆかりの女性)の邸で、父との懐かしい思い出を二人でしみじみと語り合った、その場面。
橘の香りに呼び寄せられたかのように、「五月雨」の空を鳴き渡った時鳥、源氏はその鳴き声を、天上界の父からの声が届いたと感じ、次の歌を詠み、そのあと麗景殿女御の妹である花散里を訪れます。


源氏:橘の香をなつかしみほととぎす花散る里をたづねてぞとふ (第十一帖 花散里より)

紫の上が亡くなった後の五月雨の宵、息子の夕霧が六条院に住む父・源氏を訪れた場面。
源氏は紫の上を懐かしみ、時鳥の声も聞きたいと思ってひたすら空を眺めていたが、
夕霧は父・源氏の声を、橘の香りと時鳥に乗せて、天上界の紫の上に聞かせたいと、詠みました。


源氏:なき人をしのぶる宵のむら雨(さめ)に濡れてや来つる山ほととぎす
夕霧:ほととぎす君につてなんふるさとの花橘は今ぞさかりと (第四十帖 幻より)

陰暦の五月雨の頃は現代ならば梅雨の頃。この時期、芳香を放つクチナシもタイサンボクも常緑樹で花の色は純白です。タチバナを加えて梅雨空の芳香樹ベスト3と呼びたいほど。中でもタチバナの柑橘系芳香は、言いようもなくすばらしい !

タチバナ

さて、私がトップを「果物」とした理由は、王朝人が橘を果物として食していたそのうらやましさからです。今なぜ、果物屋さんの店頭に見ないのか。苦みが少し混じった強い酸味が、甘みを求める現代人に敬遠されるからなのでしょう。

タチバナ・断面
タチバナ・断面

果肉に比べ、タネが大きすぎるからなのでしょうか。がしかし、梅干し大好き、柑橘類大好きな私にはまったく苦にならずむしろ、野生味溢れる酸(す)っぱ味(み)いっぱいの刺激に大興奮(昔、食べました)。1,000年前の果物を日常に食べてみたい!

物語で食する場面は、『胡蝶』と『真木柱』。
この時代、花橘(タチバナ)のほか、楊梅子(ヤマモモ)、榛子(ハシバミ)、椎子(シイ)、柑子(コウジ-ミカンの原形-)、梨子(ナシ)、干棗(ホシナツメ)、諸成(グミ)、郁子(ムベ)、蔔子(アケビ)など樹木の果実が、自然からの贈り物として、山城・大和・越前・駿河ほかの諸国から都に寄進されたことが、延喜式(えんぎしき)(完成927年、平安時代初期の儀式や制度の内容を示す史料。「諸国貢進菓子」)に残っています。


箱の蓋なる御くだものの中に、橘のあるをまさぐりて
源氏:橘のかをりし袖によそふればかはれる身ともおもほえぬかな
玉鬘:袖の香をよそふるからに橘のみさへはかなくなりもこそすれ (第二十四帖 胡蝶より)


鴨(かり)の卵(こ)のいと多かるを御覧じて、柑子(かんじ)、橘(たちばな)などのやうに紛らはして、
わざとならず奉れたまふ。 (第三十一帖 真木柱より)

かなわぬと知りながら、タチバナとデコポンの食べ比べを今、紫式部としてみたい、と夢見ています。彼女の表情やいかに。

タチバナ・果実
タチバナ・果実

[参考図書]
阿部秋生ほか校注/源氏物語/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
高嶋和子/源氏物語植物考一/国研出版/2006年
奈良女子大学/菓子の文化史/奈良女子大学WEB情報実習/2011年

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【開花情報】 橘の成長
花が咲き終わり、この酷暑を乗り切って、まだまだ小さな赤ちゃん(直径1.7cm)ですが、橘の果実はぐんぐんと成長しています。すっぱそうな緑色からおいしそうな山吹色へと(でもすっぱいのです)、これからの成長をお楽しみください。
8月20日撮影

橘の果実

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古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

末摘花

第四号 令和元年7月1日

7月 末摘花
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

「末摘花」は紅花(べにばな)の異名、とありますが、ベニバナそのものを見たことがない人は多いと想像します。実は私自身そうでした。植物園に勤務してベニバナをはじめて見た感想は「えらい奇麗やなあ」。黄色と紅色が、良い天気のせいもあったのでしょうが、キラキラ輝いて見えました。
がしかし、花に触ろうとしたその瞬間、苞葉(ほうよう)に手が触れ「痛っ!」。
一見アザミに見える草姿ですが、花色は全く異なり、はじめの鮮黄色が次第に赤く変化します。

ベニバナは、なぜ末摘花?

エジプト周辺原産との説がありますが、日本へはシルクロードを経て6世紀頃以前、主に赤色染料の原料として渡来したとされます。ベニバナは、花がまだ黄色い時期に、上の部分、つまり末(すえ)(先端)につく頭のような形をした花を摘むことから、末摘花の名が付きました。花の底に接して葉の変化した苞葉が花を守るようについていますが、その先端には、触れると激痛が走るほど鋭く硬いトゲがありますので要注意。
朝露に濡れるとしなっとなり痛くないので、摘み取るなら早朝です。

物語では、植物そのものの描写場面はなく、鼻の赤い姫君の名前にたとえて登場します。
常陸宮の姫君は、むやみに顔が長く、鼻は象のように異様に長く垂れ下がりその先が紅(べに)をつけたように真っ赤、これは末摘花そのものだ、とこのように姫君の容姿を、残酷とも思える表現で描写しました(しかしそれは正直な感想と言えばそれまでなのでしょうが)。読者は強烈なインパクトを受けハラハラ感を感じながらも読みすすんだのでは、と思いますが、平安文学の虚構の世界と理解しつつも「ワッ、こんなこと、ここまで言うてもええんか」と、心臓バクバクの状態で、私は読み進みました。

ベニバナ

末摘花の邸(やしき)を訪れた光源氏が翌朝、雪明かりにはじめて見た彼女の不器量な姿を見て驚いた場面。


うちつぎて、あなかたはと見ゆるものは鼻なりけり。ふと目ぞとまる。普賢菩薩(ふげんぼさつ)の乗物とおぼゆ。あさましう高うのびらかに、先のすこし垂りて色づきたること、ことのほかにうたてあり。……額(ひたひ)つきこよなうはれたるに、なほ下がちなる面やうは、おほかたおどろおどろしう長きなるべし。(第六帖 末摘花より)

源氏は鼻の先が赤い姫を、花の先端が赤いベニバナにたとえて、末摘花となづけました。


源氏:「なつかしき色ともなしに何にこのすゑつむ花を袖にふれけむ 色こき花と見しかども」

この歌のすゑつむ花が、帖名の根拠になっています。
訳:親しく心ひかれる色でもないのに、どうしてこんな末摘花に袖を触れ契りを結んでしまったのか。

末摘花は、第15帖「蓬生」にも、源氏をひたすら待つ女として登場。彼女の暮らす邸は、荒れ果てた様子を象徴する植物、蓬(よもぎ)や葎(むぐら)が生い茂るひどい荒廃ぶりでしたが、源氏は邸を修繕しその後、二条東院に迎えるなど、彼女を見捨てることはありませんでした。
光源氏、実は男の中の男であった、との一面を知らしめるエピソードです。

花の直下、三角形の薄緑が苞、先が先鋭で痛い
花の直下、三角形の薄緑が苞、先が先鋭で痛い

[参考図書]
阿部秋生ほか校注/源氏物語/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
上坂信男/源氏物語/その心象心理/笠間選書/昭和52年
本田一泰ほか/花びき源氏物語/未刊行/2008年

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8月 吾亦紅(ワレモコウ)

第五号 令和元年8月1日

8月 吾亦紅(ワレモコウ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

「日本人の嗅覚は千年たつと変化する」。確かめようもない私独自の勝手解釈ですが、源氏物語に登場するワレモコウの記述内容からして、きっとそうにちがいない、と思うに至りました。
漢字で書くと「吾亦紅」、「吾木香」。われもまたこうありたい、あるいは木香のような良い香り。がしかし、この良い香りに疑義を感じるのです。

ワレモコウは、第42帖「匂宮」にのみ、いい香りのする植物の一つ、として登場します。
源氏亡きあとの主人公は匂宮と薫。生まれつき、この世のものとは思えない芳香が身体に備わっている薫に対抗する親友の匂宮は、あけても暮れても薫物(たきもの)の調合に熱心で、衣服にはいつも香を焚きしめているほどでした。匂宮の香りに対する執着は植物においてもしかりで、世間のほとんどの人々が好む秋の花、女郎花(おみなえし)や萩には目もくれず、芳香のする菊、藤袴(ふじばかま)、吾亦紅(われもこう)が興味の対象(香にめづる思ひ)でした。世間は二人を「匂ふ兵部卿、薫る中将」と、もてはやしました。以上が、物語の定番の解説です。匂宮15歳、薫15歳。


御前(おまえ)の前栽(せんざい)にも、春は梅の花園をながめたまひ、秋は世のめづる女郎花(をみなへし)、
小牡鹿(さをしか)の妻にすめる萩(はぎ)の露にもをさをさ御心移したまはず、老いを忘るる菊に、
おとろへゆく藤袴、ものげなきわれもかうなどは、いとすさまじき霜枯れのころほひまで思し棄てずなどわざとめきて、
香にめづる思ひをなん立てて好ましうおはしける。(第42帖匂宮より)

長い花茎の先端に付く花は、楕円~倒卵形の穂状花序(すいじょうかじょ)(長さ1~2センチメートル)に小さな花(1個の花は2~3ミリメートルほど)が押し競まんじゅうのようにギュッと詰まり、上から下に咲き進みます。花は普通、下から上に咲きあがることが多いのに、ワレモコウは上から下に咲いていく、珍しい咲き方をします。紫褐色の花がいつまでも残っているように見えますが、それは四枚の萼片(がくへん)で花びらではありません。花びらは退化しているので見えません。

ワレモコウ

私がここで気になるのがワレモコウの香りというか匂いというか。菊は花を嗅いだり葉を揉むと独特のいい香りがするし、藤袴は切り取った葉や茎が半乾き状態のとき日本人好みの雅な香りが鼻をくすぐるので、なるほど菊も藤袴もかぐわしき植物として納得するのですが、ワレモコウの花の匂いはさて?
生態園の「小さな秋ゾーン」、私が勝手にそう呼んでいるエリアでの8月の午後、ギラギラ太陽のもと、ワレモコウの花粉が鼻に付くほど思いっきり近づけると「臭っ!」。
想定外、塩素系の匂いでした。
千年前、紫式部はワレモコウの香りを芳香と感じましたが、今を生きる私はどちらかというと臭い系に分類します。皆様はいかに!

ワレモコウ

[参考図書]
阿部秋生ほか校注/源氏物語/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
本田一泰ほか/花びき源氏物語/未刊行/2008年
青木登/こんなにも面白かったのか! 源氏物語/けやき出版/2005年

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藤袴

第六号 令和元年9月1日

9月 藤袴(フジバカマ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

人工の合成香料が存在しない時代、自然の、特に植物の放つかすかな香りに反応し、その恩恵を生活に取り込んだ一つが、今でいう匂い袋。今から一千年以上前の平安の時代、入浴する習慣のなかった生活の中での苦労、とくに十二単をまとった姫君たちの夏の体臭消し対策には人知れずの苦労が相当あったのでは、と想像します。
フジバカマは、葉や茎を切り取って完全乾燥までの生乾き状態のとき、なんとも雅な芳香を放ち、日本人好みのこの香りは永遠に普遍だなと、しみじみ感じ入ります。香りの成分はクマリン。

フジバカマは、第30帖「藤袴」と第42帖「匂宮」に登場しますが、なんといってものハイライトは、第30帖「藤袴」における、夕霧が玉鬘にフジバカマの花をプレゼントしようとする名場面。当時は、目を見つめて受け取ってください、の直接の手渡しではなく、御簾(みす)の前からさし入れて、と相手の表情がわからない中での、優雅ではあるけれどもしかしヒヤヒヤ・ドキドキ感いっぱいの愛情伝達方法でした。
 

フジバカマ


蘭(らに)の花のいと面白きを持(も)給へりけるを、御簾のつまより差し入れて、
夕霧:「これも御覧ずべきゆゑはありけり」とて、とみにもゆるさで持給へれば、うつたへに、思ひ寄らで取り給ふ御袖を、引き動かしたり。 (第30帖「藤袴」より)

蘭(らに)は、フジバカマの異名。
夕霧は、実の姉ではないとわかった玉鬘に恋心を抱き悶々としていたある日、父親の源氏から伝言を頼まれ、彼女の住む御殿に出向いて几帳を隔てた対面を果たしました。プレゼントにと持参したフジバカマを御簾の袖から差し入れたとき、この花に思いを託して詠んだ下の歌が、帖名の根拠となっています。


夕霧:おなじ野の露にやつるる藤袴 あはれはかけよかごとばかりも

「あなた(玉鬘)と同じ野の露に濡れてしおれているフジバカマです。二人の同じ祖母・大宮の死を偲んでいるのですから、つれなくせず、私にやさしい言葉をかけてください」と訴えたものの


玉鬘:たづぬるにはるけき野辺の露ならば うす紫やかごとならまし
かやうにて聞ゆるより、深きゆゑはいかが と宣へば、……

「もとをただせば遠く離れた野の露ですから、紫のゆかりとは言いがかりでしょう。このようにお話しする以上に深い因縁はございません」と、つれない返事。

この場面、なぜフジバカマだったのか。喪服の色とフジバカマの花が同じ藤色系の同色であったので、だから夕霧はフジバカマを持参した。との解説が多いのですが、私は一ひねりして「差し入れたフジバカマから発するクマリンの香りがポイントで、この芳香で玉鬘をコロリとまいらせたい。これを匂い袋ならぬ香水代わりに是非使ってほしい、なんとしてでも自分(夕霧)に向かせたい、との魂胆があったにちがいない。だからフジバカマだった」との説を追加提唱します。夕霧は、準備万端刈り取っておいたフジバカマの束に水を吹きかけ、生乾き状態に戻してから持参したのでは。これは邪推かな?
玉鬘二十三歳、夕霧十六歳。
 

フジバカマの香りに誘われて飛来したアサギマダラ
フジバカマの香りに誘われて飛来したアサギマダラ

この香りを確かめたいかた、来春の桜シーズンまでしばしお待ちを。桜餅を包むオオシマザクラの葉のいい香り成分もクマリンです。

[参考図書]
玉上琢彌/源氏物語第五巻/角川文庫/1989年
校注/阿部秋生ほか/源氏物語/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
高嶋和子/源氏物語植物考一/国研出版/2006年

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古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

第七号 令和元年10月1日

10月 檀(マユミ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

源氏物語の名場面は読み手ごとに異なるでしょうが、私の思う名場面には、花や木が直接的あるいは間接的に登場するシーンが多い気がします。
その一つが、第二十七帖「篝火(かがりび)」における檀(まゆみ)が登場する場面。檀はこの帖にのみ登場する樹木ですが、その姿・形を表現した紫式部の短い言葉に、彼女の超天才性を感じると同時に、彼女は現代人よりもはるかに鋭く深い観察力を持っていた、と感じます。

檀(まゆみ)は真弓(まゆみ)。古来、弓材を作ったから真弓と呼ばれ、和名の由来となりましたが、現在では、材のしなやかで強い性質を利用して、印鑑や櫛の原材料として使われます。
雌雄異株((しゆういかぶ)イチョウも同様。ギンナンは、雌株の雌花が受粉・結実した果実で、雄株にギンナンはなりません)。5月頃に咲く花は、雄株に咲く雄花も雌株に咲く雌花も緑色がかった白色で小さく、全く目立ちません。真夏、未熟の果実の色は葉と同じ緑色。4個のふくらみを持ち、葉の付け根からぶら下がる様子はまるでUFOのよう。
 

檀

秋、果実は劇的に大変身!完熟すると果皮(かひ)がはじけ、中からプツンとした米粒大の種子が見えてきます。

檀

この種子を覆っている仮種皮(かりしゅひ)の赤色は、まわりの葉の緑あるいは空の色との対比色で、明らかによく目立ちます。この真っ赤に熟した果実を、明確な記述はないものの、紫式部はきっと見ていたに違いない、と思いたい。がしかし……。

檀

光源氏36歳、玉鬘22歳の初秋、夕顔の忘れ形見である玉鬘に思いを寄せていた光源氏は、彼女の邸宅を訪れては和琴(わごん)を教えていた。そんなある日、琴を枕にこともあろうか、玉鬘と添い寝をして二人で庭の篝火を眺めた。庭には涼しそうな遣水(やりみず)が流れ、その近くにあった檀の木の枝は横に広がり伏せたように張り出し、その下には篝火に使う松の割り木が、目立たないように置いてあった。


秋になりぬ。初風涼しく吹き出でて、………………。
御琴を枕(まくら)にて、もろともに添ひ臥(ふ)したまへり。
いと涼しげなる遣水(やりみず)のほとりに、けしきことに広ごり伏したる檀(まゆみ)の木の下(した)に、
打松(うちまつ)おどろおどろしからぬほどに置きて………………… (第27帖「篝火」より)

「広ごり伏したる檀」、このわずか8文字に紫式部の鋭い観察力を感じ、脱帽です。マユミの枝はやや斜め上方向に広がって伸び上がりますが、枝は太くなく、その重みでしなったようになるので、結果、傘伏になる特徴があります。この姿をズバリ、的確に表現しているからです。八丁平(京都市左京区)の山の中で見た数本のマユミはまさに「広ごり伏し」、「紫式部の見たマユミはこれやっ!」と、痛く感激したことを思い出します。

檀

と同時に彼女は、マユミの赤い果実も見ていたのでは、いやきっと見ていたに違いない!もう願望しかありません。篝火の赤い炎、源氏の燃え上がる恋の炎、マユミの赤い果実、これら赤の三点セットの相乗効果で名場面はさらに盛り上がるはずだと思い、源氏絵巻をいろいろ調べているのですが、いまだ赤色の果実の描かれた絵巻が見つからず、この場面で紫式部の見たマユミは雄株だったのか、はたまた雌株の未熟の果実だったのか、いや、見ていなかったのか…。あなたのご意見は?

[参考図書]
阿部秋生ほか校注/源氏物語/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
青木 登/源氏物語の花/けやき出版/2003年
本田一泰ほか/花びき源氏物語/未刊行/2008年
鈴木一雄監修/源氏物語の鑑賞と基礎知識(21)/至文堂/2002年

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古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

山橘

第八号 令和元年11月1日

11月 山橘(ヤマタチバナ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

「センリョウ、マンリョウ、ヤブコウジ」。正月のおめでたい縁起物、永遠の繁栄・長寿の象徴として親しまれているこれら樹木の共通項は、常緑で果実の色が赤いこと。今号で取り上げる「山橘(やまたちばな)」はヤブコウジの古名ですが、第51帖「浮舟」にのみ、つくりもの状態の描写で登場します。

宇治に住んでいる浮舟から中の君にあてた手紙、つまり女性から女性あての手紙なのに、匂宮が薫からの手紙かと嫉妬心で勘繰った場面。

正月の上旬を過ぎたころ、女童(めのわらわ)が中の君に差し出した宇治からの届けものは、浮舟から中の君に宛てた緑色の薄様(うすよう)紙に包んだ「大ぶりの包文(つつみぶみ)」と小松に結び付けた小さな髭籠(ひげこ)(竹で編んだ入れ物で、編み残しの一部が髭のようだから)そして、右近(浮舟の侍女)から太輔(たいふ)に宛てた立文(たてふみ)でした。

包文に書いてあった「これも若宮の御前(ごぜん)に。あやしうはべるめれど」「これ」は、次に続く立文「若宮の御前(おまえ)にとて、卯槌(うづち)まゐらせたまふ」の、卯槌(うづち)(桃の木を四角柱に切って、五色の組糸を長く垂らしたもの)のことで(髭籠と小松、の解釈もある)、中の君と匂宮の二歳になる若君の邪気を払うため、正月のまじないものとして浮舟がプレゼントしたものでした。

この卯槌は趣向を凝らした見事な細工がしてあり、作りものの二股になった松の枝の一方には、これも作りものの山橘の果実を刺し通し、そこに、若宮の成長と繁栄を期待する浮舟の歌が結び付けてありました。


卯杖をかしう、つれづれなりける人のしわざと見えたり。

またぶりに、山橘(やまたちばな)作りて貫(つらぬ)きそへたる枝に 

浮舟:まだ旧(ふ)りぬものにはあれど君がためふかき心にまつと知らなん

(第51帖「浮舟」より)

この場面、女童は卯槌をどのようにして運んだのか、どこにあったのか、気になります。源氏絵巻のいろいろを見ても、女童が差し出した文と髭籠は確認できるのですが、卯槌は見当たらない。ということは、おほきやかなる包文に包まれていたのかはたまた、髭籠の中に入っていたのか。

それはさておき、山橘。現代の和名はヤブコウジ(藪柑子)は魅力いっぱいの常緑性低木です。樹高はせいぜい20センチメートルまでと低く、高くならないのかなれないのか謎ですが、上層樹木からの木漏れ日の光で生き抜いていることは確かです。地下部を縦横に走る地下茎(けい)で群落をなし、小さな葉を多数しげらせ光合成。絨毯(じゅうたん)のように見える一面の葉に驚きです。

 

山橘

ヤブコウジの大きな魅力は、秋に実る光輝く赤色の果実。おめでたい縁起物にふさわしいのですが、じつは花の美しさもすばらしく、ぜひ見てほしい。葉に隠れるように、ひそやかに下向きに地味に咲くのでまったく目立ちませんが、透明感のある白色は絶品!

 

山橘

紫式部は、つるや枝、茎など長い器官を持つ植物を物語によく使っています(ヒカゲノカズラ、フジ、クズ、ユウガオ、フダバアオイなど)。「長い」はイコール、代が長く続き繁栄につながる(結び付けられる)から、なのでしょうか。観察力の鋭い彼女は、ヤブコウジの赤い果実はもちろんのこと、美しい花も長い地下茎もきっと見ていたことでしょう。

浮舟22歳、薫27歳、匂宮28歳

 

[参考図書]
秋山 虔ほか/源氏物語図典/小学館/1997年
玉上琢彌/源氏物語第十巻/角川文庫/2005年
阿部秋生 ほか校注/源氏物語6/新編日本古典文学全集/小学館/2015年
石田穣二 ほか校注/源氏物語八/新潮日本古典集成/新潮社/2005年
林 望/謹訳源氏物語十/祥伝社/2013年
秋山 虔 監修/週刊絵巻で楽しむ源氏物語五十四帖56/朝日新聞出版/2014年   

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古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

第九号 令和元年12月1日

12月 松(マツ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

『源氏物語』には100を超える植物が取り上げられ、なかでも松は60回超と最も多く登場します。このことからも作者・紫式部は、日常目にする山紫水明の光景に当たり前の存在であった松を重要視し、「あはれ」世界のキーポイントの一つとして各地の松の生きざまを観察し、その過程から、壮大な物語の展開構想を練っていったのではないでしょうか。

当時、長寿・繁栄の象徴とされていた松は、物語ではまた、自然風景の描写のみならず、人を「待つ」の掛詞、アナログの遊び(「小松引き」※注)など、いろいろな場面・状況で、季節を問わず登場します。

私の特に気になった松は「二葉(ふたば)の松」。第18帖「松風」と第19帖「薄雲」に登場する「二葉の松」描写場面の最大のクライマックスは、第19帖「薄雲」の母娘生き別れのシーン。
大人の、強引なまでの身勝手あまりある理不尽さがまかり通っていた時代の出来事とは言え、私の頭は混乱、しばしの間読み進むことができませんでした。

大人の事情などわかろうはずのない姫君(明石の姫君)は、いつもなら車に一緒に乗る母(明石の君)が乗らないので、袖を引っ張って促したけれども、車に乗れない状況にある母は、悲しみのあまり激しく泣きました。


姫君は、何心もなく、御車に乗らむことを急ぎたまふ。
寄せたる所に、母君みづから抱きて出でたまへり。
片言(かたこと)の、声はいとうつくしうて、袖(そで)をとらへて「乗りたまへ」と引くもいみじうおぼえて


明石:末遠き二葉の松にひきわかれいつか木(こ)高きかげを見るべき
えも言ひやらずいみじう泣けば、さりや、あな苦しと思して

母親のつらい心情を詠んだこの歌の現代語訳は「いつになったら、引き裂かれ別れた姫君の、大きくなった姿(小高きかげ)を見ることができるのでしょうか。」

登場する「二葉の松」は幼い姫君を表象、「二葉」は芽を出したばかりの二枚の葉、といった解説がほとんどです。がしかし、私は「二葉の松」=「幼い姫君」とする解釈に疑問を抱きました。

 

松

樹木のタネから発芽する最初の葉・子葉(しよう)は、被子植物の場合二枚発生、これが故に双子葉植物と称する所以なのですが、マツなど裸子植物の場合は数本が発生します。

このことから紫式部が見た二葉は子葉ではなく、ある程度大きくなった樹齢3年以上のマツの葉ではなかったのか。マツの葉は、束ごとに二枚付きます。彼女はこの束の元は一本につながっている葉が二本に分かれていることを観察し、一本を母にもう一本を姫君になぞらえ、この歌を詠んだに違いない、と思うのです。

文中に出る「松」についてもう一つ気になっていることがあります。その「松」は、現代の植物分類上で言うところのアカマツなのかクロマツなのか。紫式部の見た「松」はこのどちらかであることに違いないのですが、ヒントは分布域の環境にあります。アカマツは乾燥に強いから、一般的には内陸の斜面中・上部から尾根部に(岐阜県の位山スキー場では、斜面の下部にりっぱなアカマツが生育していますが)、クロマツは耐潮性があるから海岸付近に分布します(防潮林に多い)。

 

松
斜面に自生するアカマツ

 

松
海岸付近のクロマツ

物語を読み返し、その「松」が生えている生育環境を想像たくましく考えてみてはいかがでしょう。

明石の姫君3歳、明石の君22歳、光源氏31歳

[参考文献]
阿部秋生ほか/源氏物語2/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
石田穣二ほか/源氏物語三/新潮日本古典集成/新潮社/平成17年
鈴木一雄ほか/源氏物語の観賞と基礎知識33/竹林舎/平成16年 

 

※注「小松引き」…平安時代、お正月最初の子(ね)の日に野山に出かけ、小松を引き抜いて長寿・繁栄を願いました。アカマツ、クロマツは直根性で根が長く、長い根を引き抜くとそれだけ代が繁栄するなど縁起のよいものとされていたようです。

松
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古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

第十号 令和2年1月1日

1月 竹(タケ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

「竹は木か草か?木でも草でもない、竹は竹だ」このような問答がなかったように思う一千年前、紫式部は「竹」のさまざまな姿を観察し、物語のいろいろな場面に登場させました。

第2帖「帚木」、第28帖「野分」では、空蝉をなよ竹にたとえました。


人がらのたをやぎたるに、強き心をしひて加へたれば、なよ竹の心地して、さすがに折るべくもあらず

第2帖「帚木」から


源氏:「した露になびかましかば女郎花あらき風にはしをれざらまし なよ竹を見たまへかし」

第28帖「野分」から

なよ竹は現代の植物分類ではメダケ(女竹)とされ、この和名は、か細い稈(かん)(樹木の幹に当たる)の上にのみ葉を付け、風になびく姿がいかにもやさしそうで女性らしいから、なのですが、稈は少々の風にはびくともしないほど堅いので、芯の強いイメージの空蝉に当てた紫式部の観察眼は素晴らしい!

 

松
[メダケ]細いけどまっすぐに伸びる姿は芯が強そうです

第31帖「真木柱」では、呉竹(くれたけ)の垣根に花(山吹)がもたれかけて自然な姿で咲いている様子が描かれています。


呉竹の籬(ませ)に、わざとなう咲きかかりたるにほひ、いとおもしろし。 

呉竹の呉は中国の意で、現代の植物分類では中国原産のハチク(淡竹)とされますが、諸説あり正確にはよくわかっていません。

 

ハチク
[ハチク]

今のように食材が豊富でなかった時代、タケノコ(筍=たかうな)は自然からのいただきものとして食するのは普通のことで、特に初物は贈答の品としても重宝していた、その様子が第36帖「横笛」に登場します。


御寺のかたはら近き林にぬき出でたる筍(たかうな)、
そのわたりの山に掘れる野老(ところ)※などの、
山里につけてはあはれなれば奉れたまふとて………

※野老:オニドコロ ヤマノイモ科のつる性草本。肥厚した根茎は横に這い、ひげ根を多く出すことから老人のヒゲに見立て、長寿を祝う正月の縁起物に使われた。

タケノコの登場で最高におもしろい場面は、よちよち歩きの薫がよだれをだらだら垂らしながら口に入れるシーン。かわいさいっぱいの子供らしいしぐさに、思わず抱っこして、よしよししたくなるほどで、間違いなく名場面!


若君は、乳母(めのと)のもとに寝たまへりける、起きて這ひ出でたまひて………
わづかに歩みなどしたまふほどなり。この筍(たかうな)の櫑子(らいし)※に何とも知らず立ち寄りて、
いとあわたたしう取り散らかして食ひかなぐりなどしたまへば………
御歯(は)の生ひ出づるに食ひ当てむとて筍(たかうな)をつと握り持ちて、雫(しづく)もよよと食ひ濡(ぬ)らしたまへば

※櫑子(らいし) 食べ物などを盛る器

乳母のそばで昼寝をしていた若君(=薫)が、起きて這い出してきた。………
ようやくよちよち歩きの若君は、タケノコが盛ってある器に、何であるのか分からず寄ってきて、それをやたら放り出してはかじり、かじっては捨て………。

歯が生えかけたところにタケノコを当てようと、手にしっかり握ったまま、よだれをたらたらと流してむしゃぶりつくのを見て、
よだれを垂らしながらよちよち歩く若君の姿が目に浮かびますが、一歳ちょっとの子供の手に握れるタケノコとは何なんだろう。
少なくとも我々が普通に食するモウソウチクのタケノコではなさそうだと気付きます。

 

モウソウチク林
[モウソウチク林]

薫がむしゃぶりついた筍(たかうな)はネマガリダケ、との解説がほとんどですが、植物分類学上の和名はチシマザサ。ネマガリダケは別名の同種異名で、根が曲がっているからの名前です。

高緯度、多雪地帯に分布するこの名前は、植物学者の牧野富太郎と柴田桂太両博士が、千島列島に自生するものを見てチシマザザと命名し、標準和名としました。
残念ながら、私はこのタケノコの味をまだ知りません。

今年の目標ができました。このタケノコを食べること。よだれを垂らさずに……。

 

ネマガリダケ=チシマザサ
[ネマガリダケ=チシマザサ]

薫2歳(1歳1か月)

[参考文献]
玉上琢彌/源氏物語評釈第八巻/角川文庫/昭和46年
阿部秋生ほか/源氏物語4/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
石田穣二ほか/源氏物語五/新潮日本古典集成/新潮社/平成17年
鈴木一雄ほか/源氏物語の鑑賞と基礎知識26/至文堂/平成16年 
秋山 虔 監修/週刊絵巻で楽しむ源氏物語五十四帖39/朝日新聞出版/2014年   

 

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古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

梅林

第十一号 令和2年2月1日

2月 梅(ウメ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

遣隋使あるいは遣唐使の時代よりはるか昔に導入された中国原産の梅は、奈良時代から平安時代初期にかけて、唐風文化の象徴として当時の貴族たちの邸宅に競って植栽され、観賞の対象となっていました。 
万葉集では、141首の萩に次ぐ119首(諸説あり)の歌に登場する梅ですが、どの歌も花を雪に見立てていることから、当時は白梅のみだったと推定できます。

 

玉牡丹 撮影:金子明雄

紅梅は平安時代に導入されたようで、清少納言は枕草子に「木の花は濃きも薄きも紅梅」と、木の中では紅梅が最高にすばらしいと叙事的に称賛している一方、紫式部は源氏物語で圧倒的に紅梅を多く登場させ、観賞の対象のみならず、香り、着物の色目、人物に表象など、抒情的かつ感性豊かにいろいろな場面で「梅」を使っています。

 

楊貴妃 撮影:金子明雄/黒雲 撮影:金子明雄

「梅」がはじめて登場する第6帖「末摘花」には、夕顔、荻、撫子、浅茅、松、葎、橘、末摘花、山吹、桜などの植物も登場しますが「梅」については、


「梅の香をかしき」、「梅の花の」、「梅は気色(けしき)ばみほほ笑(え)みわたれる」、
「階隠(はしがく)しのもとの紅梅」、「梅の立ち枝(え)はなつかしけれど」

とそれぞれ、香り、花、つぼみ、植栽場所、枝ぶりの描写と、紫式部はいろいろな段階の成長過程にある梅の姿を多角的に観察していたことが、これらの表現をとおしてわかります。

 

大港 撮影:金子明雄/思いのまま/桜鏡

最後に見る「梅」は第53帖「手習」で、出家し尼になった浮舟が、薫と匂宮から受けた愛情のはざまに、苦悶し続けた幻影を思い起こす場面に登場します。


閨(ねや)のつま近き紅梅の色も香(か)も変わらぬを、春や昔のと、こと花よりもこれに心寄せのあるは、
飽かざりし匂ひのしみにけるにや。

香りと紅梅からはじまった「梅」は紅梅と香りで締めくくられ、物語に登場する植物の中でも重要な位置づけにあったことがよくわかります。

一方、物語に登場する女君たちはしばしば花にたとえられ(玉鬘は山吹に、女三宮は如月の青柳など)、それは物語の特徴にもなっているのですが、男君たちにはそのようなことはまずありません。しかし匂宮は、芳香を発する梅、特に紅梅にたとえられ、存在感を示します。その裏付けは、第40帖「御法」で、死期が迫っていることを予感する紫の上が、遺言ともとれる会話を五歳の匂宮とかわすシーン。
死後の私(=紫の上)の供養のために、紅梅と桜を大切に育てて遊んでくださいと話しかけると、匂宮はこっくりうなづきますが、涙がこぼれそうになるので、その場を立ち去りました。  
若宮のいたいけな子供心に、なんとも切なさを感じます。


紫の上「大人(おとな)になりたまひなば、ここに住みたまひて、この対の前なる紅梅(こうばい)と桜とは、
花のをりをりに心とどめてもて遊びたまへ。さるべからむをりは、仏にも奉りたまへ」と聞こえたまへば、
うちうなづきて、御顔をまもりて、涙の落つべかめれば立ちておはしぬ。

ここで、紅梅は匂宮に、桜は紫の上にたとえられます。紫の上は生前、紅梅も桜も大切に育てていました。

 

梅林

第41帖「幻」では、紫の上の遺言を守り、庭先の紅梅を特に大切に世話をする匂宮の様子が描かれます。紫の上は匂宮(実母は明石の中宮)の育ての母ですが、ここでは母、としています。


匂宮:「母ののたまひしかば」とて、対(たい)の御前(おまえ)の紅梅とりわきて後見(うしろみ)ありきたまふを、
いとあはれと見たてまつりたまふ。

第43帖「紅梅」で、匂宮は「梅の花をめでたまふ君なれば」と記され、何よりも梅花の香りを好みました。

この「梅」よりもさらに重要なポイントとなる植物が「樺桜(かばざくら)」という名前の「桜」です。そのわけは来月に。

 

[出典]
木下武司/万葉植物文化誌/八坂書房/2010年
阿部秋生ほか/源氏物語4,5/小学館/2017年
高嶋和子/源氏物語植物考一/国研出版/2006年
監修 秋山虔/週刊絵巻で楽しむ源氏物語第5巻 朝日新聞出版/2012年
玉上琢弥/源氏物語評釈/角川書店/1971年 

 

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古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

樺桜

第十二号 令和2年3月1日

3月 樺桜(カバザクラ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

光源氏が最も愛した女性は、紫の上。彼女がたとえられた花は「樺桜(かばざくら)」。ここまではよくわかるのですが、ではその樺桜は現代にいう何という名の桜なのか?これ難題です。

樺桜は第28帖「野分」と第41帖「幻」に登場。
「野分」では、夕霧が垣間見た三人の女性(紫の上、玉鬘、明石の姫君)の容姿に対する感想を述べる場面がありますが、義理の母である紫の上の姿をはじめて見て感じた印象的なシーンに樺桜が描かれます。

 


御屏風(びやうぶ)も、風のいたく吹きければ、押したたみ寄せたるに、見通しあらはなる、
廂(ひさし)の御座(おまし)にゐ給へる人、ものに紛るべくもあらず、気高(けだか)くきよらに、さとにほふ心地して、
春の曙(あけぼの)の霞の間(かすみのま)より、おもしろき樺桜(かばざくら)の咲きみだれたるを見る心地す。

15歳の夕霧が台風見舞いに六条院を訪れたとき、廂の間に座っている紫の上を垣間見するのですが、気高く清らかで華やかに輝くよう、まるで春の曙の霞の間から美しい樺桜が咲きこぼれているのを見る心地がしますと評し、紫の上のあまりの美しさに完全にノックアウトされた様子が描写されています。

 

オオヤマザクラ・御苑

ここで気になるのは、では樺桜の開花時期はいつなのか。「幻」の帖に解決の糸口が見つかるのですが、これがまた難題です。
紫の上が亡くなった翌年の春、六条院の庭前に咲く花の開花順が描かれるシーン。

 


山吹などの心地よげに咲き乱れたるも、うちつけに露けくのみ見なされたまふ。
外(そと)の花は、一重(ひとえ)散りて、八重(やへ)咲く花桜(はなざくら)盛り過ぎて、樺桜(かばざくら)は開け、
藤はおくれて色づきなどこそはすめるを、そのおそくとき花の心をよく分きて、いろいろを尽くし植ゑおきたまひしかば、
時を忘れずにほひ満ちたるに、…

山吹のあとに桜が咲き、桜が終わると藤が咲きはじめます。この順番は千年前も現在も変わらないのですが、問題は桜の種類の開花順。
桜は花びらの枚数で一重(ひとえ)咲き、八重(やえ)咲きと分けますが、開花はふつうこの順に咲きます。
八重咲きの桜の後に咲き、紫の上にふさわしい華やかで美しい桜とはなんなのか、なんとも悩ましい!

 

大山桜

植物園に勤務(平成7年(1995)4月)しはじめた3~4年後の春、東京からの御来園客に「ここの植物園に、源氏物語に出る樺桜はありますか」と質問されました。サクラにはある程度自信があったのですが、樺桜は全くわかりません。答えの糸口がつかめず悩んだ末、林野庁管轄の森林総合研究所多摩森林科学園の当時の樹木研究室長に問い合わせたところ2000年7月、懇切丁寧な返事をいただき、源氏物語に出る「樺桜」は現在の「オオヤマザクラ(大山桜)」ではないかと推論、この詳細を後日『源氏物語の樺桜』として、「櫻の科学8 財団法人 日本さくらの会 2001年」に発表されました。
河海抄(かかいしょう)(注1)「野分」に、樺桜は「花の色はうす紅にてことさら艶なる花なり」とあります。

(注1)河海抄…南北朝時代の源氏物語注釈書で、以後の物語研究に大きな影響与えた。

 

オオヤマザクラ

植物園に咲くオオヤマザクラの花の裏側から太陽光を透かして見たある日の午後、淡紅色の花びらにうっすらと紫の光を感じました。

紫の上の幻影だ!
オオヤマザクラは一重咲きの桜で、分布は信州から北海道。
樺桜はオオヤマザクラとする説にいくつかの疑問も残ります‥‥。
が、しかし、樺桜は幻のまま、永遠なる樺桜!!永遠なる若紫!!

一年間のご愛読、ありがとうございました。感謝、深謝。

 

[参考図書]
玉上琢彌/源氏物語評釈第5巻、第9巻/角川書店/1983年
横山敏孝/「源氏物語」の樺桜/櫻の科学8/財団法人日本さくらの会 2001年
瀬戸内寂聴/源氏物語 五/講談社/2002年
林 望/謹訳源氏物語 五/祥伝社/平成23年
鈴木一雄 監修/源氏物語の鑑賞と基礎知識 21/平成14年
秋山 虔 監修/週刊絵巻で見る源氏物語五十四帖 28/2014年

 

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古典の日絵巻第八巻「わたしの源氏物語植物園」クイズの答え

12か月間「わたしの源氏物語植物園」をご愛読いただきありがとうございました。

さて、皆さん!クイズにチャレンジしていただけましたでしょうか。千年も昔から、毎年、毎年変わることなく私達の心を癒してくれる植物。何度も読み直していただけると幸いです。

<クイズの答え>

 

4月のクイズ

 

光源氏と夕霧から山吹にたとえられたのは誰?

答え:玉鬘

 

5月のクイズ

 

古名の常夏とは“ひまわり”のことである。〇か×か

答え:× 正解は「撫子」です

5月

 

6月のクイズ

 

松谷先生がベスト3に挙げる梅雨時の芳香樹は、クチナシ、タイサンボク、後一つの樹は?

答え:タチバナ

6月

 

7月のクイズ

 

紅花が「末摘花」と名付けられたのなぜ?
①最初、黄色であった花が次第に赤くなってから摘むから
②末(先端)につく頭のような形をした花の部分を摘むから
③花を守る鋭く硬いトゲが朝露に濡れてやわらかくなった末に摘み取るから

答え:②

7月

 

8月のクイズ

 

吾亦紅のもう一つの漢字は?

答え:吾木香

 

9月のクイズ

 

フジバカマから発する香りの成分はクマリンですが、私達がおいしくいただく桜餅を包むのは何の葉?

答え:オオシマザクラ

 

10月のクイズ

 

マユミの果実はさて、何色?

答え:赤

10月

 

11月のクイズ

 

正月のおめでたい縁起物とされる樹木は「センリョウ、マンリョウ…」あと一つは?

答え:ヤブコウジ

11月

 

12月のクイズ

 

光源氏が配流された須磨、明石で寂しく見たと思われる松は①アカマツ②クロマツのどちらの可能性が高いでしょうか?(ヒント:両所とも風光明媚な海岸が自慢です)

答え:クロマツ

12月

 

1月のクイズ

 

昼寝から目が覚めた薫が口にしたのは、今でいう何という筍でしょうか。

答え:ネマガリダケ

1月

 

2月のクイズ

 

平安時代に植栽され、特に清少納言が愛でたのは白梅と紅梅のどちら?

答え:紅梅

2月

 

3月のクイズ

 

森林総合研究所の元樹木研究室長は「源氏物語の樺桜」を現在の何桜と推定したでしょうか?

答え:オオヤマザクラ

3月

 

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