5月 撫子

古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

撫子

第二号 平成31年5月1日

5月 撫子
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

なでしこジャパンは知っていても、ほんまもんのナデシコの花を知らない御仁は、失礼ながら多いかも。
ナデシコの植物分類学的な名称はカワラナデシコ。ヤマトナデシコの異名もあり、表記の大和撫子からは何とも言えない雅な感覚を覚えます。
開花期が4~9月と長く、夏の間も咲くことから、古名の常夏(とこなつ)に納得です。
同じ花なのに、ナデシコとトコナツとの間には、奥の深い文学的解釈があると知ったのは、源氏物語をかじり始めた千年紀(2008年)の少し前。

「ナデシコは、頭を撫でたくなるほどのカワイイ子」から小さな子供に対して使い、「トコナツは、床懐かしい」から大人の女性に対して使う言葉なのですが、物語に登場する男女の贈答歌の場面では、当人にしかわからない人生の機微を捉えた表現であるがゆえに、読み手側は、この顛末は如何にと、計り知れないドキドキ感満載の情景を思い浮かべつつ、ますます深みにはまり読み進みます。

◎第二十六帖「常夏」


源氏:なでしこのとこなつかしき色を見ばもとの垣根を人やたづねむ


玉鬘:山がつの垣ほに生ひしなでしこのもとの根ざしをたれかたづねん

源氏の詠んだこの歌は、第二十六帖の帖名「常夏」の根拠となりました。
源氏36歳、玉鬘22歳。

源氏は、「美しいあなた(=玉鬘)の姿を見たら、内大臣(昔の頭中将で、玉鬘の父)はあなたの母(雨夜の品定めで、頭中将が話した、かつて愛した控えめな女性(常夏(とこなつ)の女=夕顔))をきっとお尋ねになるでしょう」と歌うと、玉鬘は泣きながら「卑しい身分に生まれた私の母親を、だれが探し出すのでしょうか」
この贈答歌の伏線は第二帖「帚木」にあって、私にはこちらのほうがグッと心に響きます。

ナデシコ・城南・イクシ

◎第二帖「帚木」


頭中将:「………消息(せうそこ)などもせで久しくはべりしに、むげに思うひしをれて、
心細かりければ、幼き者などもありしに思ひわづらひて、
撫子(なでしこ)の花を折りておこせたりし」とて涙ぐみたり。


源 氏:「さて、その文(ふみ)の言葉は」と問ひたまへば、


頭中将:「いさや、ことなることもなかりきや。」


女  :山がつの垣(かき)ほ荒るともをりをりにあはれはかけよ撫子(なでしこ)の露


……………


頭中将:咲きまじる色はいづれと分かねどもなほとこなつにしくものぞなき

源氏17歳、頭中将17歳、玉鬘3歳。
気になるのは歌の前文で、女(=夕顔)が夫である頭中将にナデシコの花を添えて手紙を出した場面。
夕顔は、花と一緒につぼみも意識して添えたに違いない、と想像します。
本妻の嫌がらせから逃れて姿を消していた夕顔は、訪ねてこない父親(頭中将)に対し、かわいいわが子(玉鬘)にはせめて情けだけでもかけてください、との切々たる思いをナデシコのつぼみと花に託し、訴えました。

紡錘形で淡い緑色のつぼみが膨らみ、その先端から花びらが顔を見せ始めると、ドラマチックな開花ショーがスタート。
花びらは一気に開くのではなく、ほどなくソフトクリーム状に成長すると、ゆるゆるとほどけゆき完全開花に至ります。その姿は、美しく成長した華やかさあふれる玉鬘。
頭中将のプレッシャーは相当なものだったに違いありません。

白花の撫子
白花の撫子

[参考図書]
校注:阿部秋生ほか/源氏物語/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
高嶋和子/源氏物語植物考一/国研出版/2006年
上坂信男/源氏物語その心象序説/笠間選書/1977年

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郡司桃子さん

【開花情報】
京都府立植物園で「撫子」をお楽しみいただけるのは、6月に入ってからになるかもしれません。
今しばらく楽しみにお待ちください。

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