6月 橘

古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

第三号 平成31年6月1日

※7月は「末摘花(紅花)」を紹介します。原稿より一足早く咲き始めました!!

6月 橘
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

源氏物語に登場する『橘』と、セットになるキーワードを文学的に選択した場合、①常緑樹、②香り、③時鳥(ほととぎす)、④五月(雨)、⑤果物の順位となりましょうが、私なりの解釈で選択すれば、⑤果物がダントツのトップです。
冬でも葉を落とさない「常緑樹」は当時、永遠なる繁栄の象徴でした。「香り」、それも梅雨空の雨雲を振り払うかのように風に乗って漂う橘の芳香は、昔の人を懐かしく思い出させ(「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」古今和歌集)、冥界と現世を行きかうとされる「時鳥」の鳴き声とともに、人の思い・懐旧の情を連れて現れる象徴となりました。

凋落の人となり、気持ちが落ち込んでいた源氏(25歳)は、麗景殿女御(れいけいでんにょうご)(父故桐壺院ゆかりの女性)の邸で、父との懐かしい思い出を二人でしみじみと語り合った、その場面。
橘の香りに呼び寄せられたかのように、「五月雨」の空を鳴き渡った時鳥、源氏はその鳴き声を、天上界の父からの声が届いたと感じ、次の歌を詠み、そのあと麗景殿女御の妹である花散里を訪れます。


源氏:橘の香をなつかしみほととぎす花散る里をたづねてぞとふ (第十一帖 花散里より)

紫の上が亡くなった後の五月雨の宵、息子の夕霧が六条院に住む父・源氏を訪れた場面。
源氏は紫の上を懐かしみ、時鳥の声も聞きたいと思ってひたすら空を眺めていたが、
夕霧は父・源氏の声を、橘の香りと時鳥に乗せて、天上界の紫の上に聞かせたいと、詠みました。


源氏:なき人をしのぶる宵のむら雨(さめ)に濡れてや来つる山ほととぎす
夕霧:ほととぎす君につてなんふるさとの花橘は今ぞさかりと (第四十帖 幻より)

陰暦の五月雨の頃は現代ならば梅雨の頃。この時期、芳香を放つクチナシもタイサンボクも常緑樹で花の色は純白です。タチバナを加えて梅雨空の芳香樹ベスト3と呼びたいほど。中でもタチバナの柑橘系芳香は、言いようもなくすばらしい !

タチバナ

さて、私がトップを「果物」とした理由は、王朝人が橘を果物として食していたそのうらやましさからです。今なぜ、果物屋さんの店頭に見ないのか。苦みが少し混じった強い酸味が、甘みを求める現代人に敬遠されるからなのでしょう。

タチバナ・断面
タチバナ・断面

果肉に比べ、タネが大きすぎるからなのでしょうか。がしかし、梅干し大好き、柑橘類大好きな私にはまったく苦にならずむしろ、野生味溢れる酸(す)っぱ味(み)いっぱいの刺激に大興奮(昔、食べました)。1,000年前の果物を日常に食べてみたい!

物語で食する場面は、『胡蝶』と『真木柱』。
この時代、花橘(タチバナ)のほか、楊梅子(ヤマモモ)、榛子(ハシバミ)、椎子(シイ)、柑子(コウジ-ミカンの原形-)、梨子(ナシ)、干棗(ホシナツメ)、諸成(グミ)、郁子(ムベ)、蔔子(アケビ)など樹木の果実が、自然からの贈り物として、山城・大和・越前・駿河ほかの諸国から都に寄進されたことが、延喜式(えんぎしき)(完成927年、平安時代初期の儀式や制度の内容を示す史料。「諸国貢進菓子」)に残っています。


箱の蓋なる御くだものの中に、橘のあるをまさぐりて
源氏:橘のかをりし袖によそふればかはれる身ともおもほえぬかな
玉鬘:袖の香をよそふるからに橘のみさへはかなくなりもこそすれ (第二十四帖 胡蝶より)


鴨(かり)の卵(こ)のいと多かるを御覧じて、柑子(かんじ)、橘(たちばな)などのやうに紛らはして、
わざとならず奉れたまふ。 (第三十一帖 真木柱より)

かなわぬと知りながら、タチバナとデコポンの食べ比べを今、紫式部としてみたい、と夢見ています。彼女の表情やいかに。

タチバナ・果実
タチバナ・果実

[参考図書]
阿部秋生ほか校注/源氏物語/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
高嶋和子/源氏物語植物考一/国研出版/2006年
奈良女子大学/菓子の文化史/奈良女子大学WEB情報実習/2011年

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郡司桃子さん

【開花情報】 橘の成長
花が咲き終わり、この酷暑を乗り切って、まだまだ小さな赤ちゃん(直径1.7cm)ですが、橘の果実はぐんぐんと成長しています。すっぱそうな緑色からおいしそうな山吹色へと(でもすっぱいのです)、これからの成長をお楽しみください。
8月20日撮影

橘の果実

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