7月 末摘花

古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

末摘花

第四号 令和元年7月1日

7月 末摘花
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

「末摘花」は紅花(べにばな)の異名、とありますが、ベニバナそのものを見たことがない人は多いと想像します。実は私自身そうでした。植物園に勤務してベニバナをはじめて見た感想は「えらい奇麗やなあ」。黄色と紅色が、良い天気のせいもあったのでしょうが、キラキラ輝いて見えました。
がしかし、花に触ろうとしたその瞬間、苞葉(ほうよう)に手が触れ「痛っ!」。
一見アザミに見える草姿ですが、花色は全く異なり、はじめの鮮黄色が次第に赤く変化します。

ベニバナは、なぜ末摘花?

エジプト周辺原産との説がありますが、日本へはシルクロードを経て6世紀頃以前、主に赤色染料の原料として渡来したとされます。ベニバナは、花がまだ黄色い時期に、上の部分、つまり末(すえ)(先端)につく頭のような形をした花を摘むことから、末摘花の名が付きました。花の底に接して葉の変化した苞葉が花を守るようについていますが、その先端には、触れると激痛が走るほど鋭く硬いトゲがありますので要注意。
朝露に濡れるとしなっとなり痛くないので、摘み取るなら早朝です。

物語では、植物そのものの描写場面はなく、鼻の赤い姫君の名前にたとえて登場します。
常陸宮の姫君は、むやみに顔が長く、鼻は象のように異様に長く垂れ下がりその先が紅(べに)をつけたように真っ赤、これは末摘花そのものだ、とこのように姫君の容姿を、残酷とも思える表現で描写しました(しかしそれは正直な感想と言えばそれまでなのでしょうが)。読者は強烈なインパクトを受けハラハラ感を感じながらも読みすすんだのでは、と思いますが、平安文学の虚構の世界と理解しつつも「ワッ、こんなこと、ここまで言うてもええんか」と、心臓バクバクの状態で、私は読み進みました。

ベニバナ

末摘花の邸(やしき)を訪れた光源氏が翌朝、雪明かりにはじめて見た彼女の不器量な姿を見て驚いた場面。


うちつぎて、あなかたはと見ゆるものは鼻なりけり。ふと目ぞとまる。普賢菩薩(ふげんぼさつ)の乗物とおぼゆ。あさましう高うのびらかに、先のすこし垂りて色づきたること、ことのほかにうたてあり。……額(ひたひ)つきこよなうはれたるに、なほ下がちなる面やうは、おほかたおどろおどろしう長きなるべし。(第六帖 末摘花より)

源氏は鼻の先が赤い姫を、花の先端が赤いベニバナにたとえて、末摘花となづけました。


源氏:「なつかしき色ともなしに何にこのすゑつむ花を袖にふれけむ 色こき花と見しかども」

この歌のすゑつむ花が、帖名の根拠になっています。
訳:親しく心ひかれる色でもないのに、どうしてこんな末摘花に袖を触れ契りを結んでしまったのか。

末摘花は、第15帖「蓬生」にも、源氏をひたすら待つ女として登場。彼女の暮らす邸は、荒れ果てた様子を象徴する植物、蓬(よもぎ)や葎(むぐら)が生い茂るひどい荒廃ぶりでしたが、源氏は邸を修繕しその後、二条東院に迎えるなど、彼女を見捨てることはありませんでした。
光源氏、実は男の中の男であった、との一面を知らしめるエピソードです。

花の直下、三角形の薄緑が苞、先が先鋭で痛い
花の直下、三角形の薄緑が苞、先が先鋭で痛い

[参考図書]
阿部秋生ほか校注/源氏物語/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
上坂信男/源氏物語/その心象心理/笠間選書/昭和52年
本田一泰ほか/花びき源氏物語/未刊行/2008年

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