8月 吾亦紅(ワレモコウ)

古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

8月 吾亦紅(ワレモコウ)

第五号 令和元年8月1日

8月 吾亦紅(ワレモコウ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

「日本人の嗅覚は千年たつと変化する」。確かめようもない私独自の勝手解釈ですが、源氏物語に登場するワレモコウの記述内容からして、きっとそうにちがいない、と思うに至りました。
漢字で書くと「吾亦紅」、「吾木香」。われもまたこうありたい、あるいは木香のような良い香り。がしかし、この良い香りに疑義を感じるのです。

ワレモコウは、第42帖「匂宮」にのみ、いい香りのする植物の一つ、として登場します。
源氏亡きあとの主人公は匂宮と薫。生まれつき、この世のものとは思えない芳香が身体に備わっている薫に対抗する親友の匂宮は、あけても暮れても薫物(たきもの)の調合に熱心で、衣服にはいつも香を焚きしめているほどでした。匂宮の香りに対する執着は植物においてもしかりで、世間のほとんどの人々が好む秋の花、女郎花(おみなえし)や萩には目もくれず、芳香のする菊、藤袴(ふじばかま)、吾亦紅(われもこう)が興味の対象(香にめづる思ひ)でした。世間は二人を「匂ふ兵部卿、薫る中将」と、もてはやしました。以上が、物語の定番の解説です。匂宮15歳、薫15歳。


御前(おまえ)の前栽(せんざい)にも、春は梅の花園をながめたまひ、秋は世のめづる女郎花(をみなへし)、
小牡鹿(さをしか)の妻にすめる萩(はぎ)の露にもをさをさ御心移したまはず、老いを忘るる菊に、
おとろへゆく藤袴、ものげなきわれもかうなどは、いとすさまじき霜枯れのころほひまで思し棄てずなどわざとめきて、
香にめづる思ひをなん立てて好ましうおはしける。(第42帖匂宮より)

長い花茎の先端に付く花は、楕円~倒卵形の穂状花序(すいじょうかじょ)(長さ1~2センチメートル)に小さな花(1個の花は2~3ミリメートルほど)が押し競まんじゅうのようにギュッと詰まり、上から下に咲き進みます。花は普通、下から上に咲きあがることが多いのに、ワレモコウは上から下に咲いていく、珍しい咲き方をします。紫褐色の花がいつまでも残っているように見えますが、それは四枚の萼片(がくへん)で花びらではありません。花びらは退化しているので見えません。

ワレモコウ

私がここで気になるのがワレモコウの香りというか匂いというか。菊は花を嗅いだり葉を揉むと独特のいい香りがするし、藤袴は切り取った葉や茎が半乾き状態のとき日本人好みの雅な香りが鼻をくすぐるので、なるほど菊も藤袴もかぐわしき植物として納得するのですが、ワレモコウの花の匂いはさて?
生態園の「小さな秋ゾーン」、私が勝手にそう呼んでいるエリアでの8月の午後、ギラギラ太陽のもと、ワレモコウの花粉が鼻に付くほど思いっきり近づけると「臭っ!」。
想定外、塩素系の匂いでした。
千年前、紫式部はワレモコウの香りを芳香と感じましたが、今を生きる私はどちらかというと臭い系に分類します。皆様はいかに!

ワレモコウ

[参考図書]
阿部秋生ほか校注/源氏物語/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
本田一泰ほか/花びき源氏物語/未刊行/2008年
青木登/こんなにも面白かったのか! 源氏物語/けやき出版/2005年

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