9月 藤袴(フジバカマ)

古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

藤袴

第六号 令和元年9月1日

9月 藤袴(フジバカマ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

人工の合成香料が存在しない時代、自然の、特に植物の放つかすかな香りに反応し、その恩恵を生活に取り込んだ一つが、今でいう匂い袋。今から一千年以上前の平安の時代、入浴する習慣のなかった生活の中での苦労、とくに十二単をまとった姫君たちの夏の体臭消し対策には人知れずの苦労が相当あったのでは、と想像します。
フジバカマは、葉や茎を切り取って完全乾燥までの生乾き状態のとき、なんとも雅な芳香を放ち、日本人好みのこの香りは永遠に普遍だなと、しみじみ感じ入ります。香りの成分はクマリン。

フジバカマは、第30帖「藤袴」と第42帖「匂宮」に登場しますが、なんといってものハイライトは、第30帖「藤袴」における、夕霧が玉鬘にフジバカマの花をプレゼントしようとする名場面。当時は、目を見つめて受け取ってください、の直接の手渡しではなく、御簾(みす)の前からさし入れて、と相手の表情がわからない中での、優雅ではあるけれどもしかしヒヤヒヤ・ドキドキ感いっぱいの愛情伝達方法でした。
 

フジバカマ


蘭(らに)の花のいと面白きを持(も)給へりけるを、御簾のつまより差し入れて、
夕霧:「これも御覧ずべきゆゑはありけり」とて、とみにもゆるさで持給へれば、うつたへに、思ひ寄らで取り給ふ御袖を、引き動かしたり。 (第30帖「藤袴」より)

蘭(らに)は、フジバカマの異名。
夕霧は、実の姉ではないとわかった玉鬘に恋心を抱き悶々としていたある日、父親の源氏から伝言を頼まれ、彼女の住む御殿に出向いて几帳を隔てた対面を果たしました。プレゼントにと持参したフジバカマを御簾の袖から差し入れたとき、この花に思いを託して詠んだ下の歌が、帖名の根拠となっています。


夕霧:おなじ野の露にやつるる藤袴 あはれはかけよかごとばかりも

「あなた(玉鬘)と同じ野の露に濡れてしおれているフジバカマです。二人の同じ祖母・大宮の死を偲んでいるのですから、つれなくせず、私にやさしい言葉をかけてください」と訴えたものの


玉鬘:たづぬるにはるけき野辺の露ならば うす紫やかごとならまし
かやうにて聞ゆるより、深きゆゑはいかが と宣へば、……

「もとをただせば遠く離れた野の露ですから、紫のゆかりとは言いがかりでしょう。このようにお話しする以上に深い因縁はございません」と、つれない返事。

この場面、なぜフジバカマだったのか。喪服の色とフジバカマの花が同じ藤色系の同色であったので、だから夕霧はフジバカマを持参した。との解説が多いのですが、私は一ひねりして「差し入れたフジバカマから発するクマリンの香りがポイントで、この芳香で玉鬘をコロリとまいらせたい。これを匂い袋ならぬ香水代わりに是非使ってほしい、なんとしてでも自分(夕霧)に向かせたい、との魂胆があったにちがいない。だからフジバカマだった」との説を追加提唱します。夕霧は、準備万端刈り取っておいたフジバカマの束に水を吹きかけ、生乾き状態に戻してから持参したのでは。これは邪推かな?
玉鬘二十三歳、夕霧十六歳。
 

フジバカマの香りに誘われて飛来したアサギマダラ
フジバカマの香りに誘われて飛来したアサギマダラ

この香りを確かめたいかた、来春の桜シーズンまでしばしお待ちを。桜餅を包むオオシマザクラの葉のいい香り成分もクマリンです。

[参考図書]
玉上琢彌/源氏物語第五巻/角川文庫/1989年
校注/阿部秋生ほか/源氏物語/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
高嶋和子/源氏物語植物考一/国研出版/2006年

クイズに挑戦したい方はこちら スタンプラリーにチャレンジ!!今月のスタンプ
Design by
京都美術工芸大学
総合デザインコース
郡司桃子さん

バックナンバー

次号は2019年10月に掲載します。

TOPに戻る