10月 檀(マユミ)

古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

第七号 令和元年10月1日

10月 檀(マユミ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

源氏物語の名場面は読み手ごとに異なるでしょうが、私の思う名場面には、花や木が直接的あるいは間接的に登場するシーンが多い気がします。
その一つが、第二十七帖「篝火(かがりび)」における檀(まゆみ)が登場する場面。檀はこの帖にのみ登場する樹木ですが、その姿・形を表現した紫式部の短い言葉に、彼女の超天才性を感じると同時に、彼女は現代人よりもはるかに鋭く深い観察力を持っていた、と感じます。

檀(まゆみ)は真弓(まゆみ)。古来、弓材を作ったから真弓と呼ばれ、和名の由来となりましたが、現在では、材のしなやかで強い性質を利用して、印鑑や櫛の原材料として使われます。
雌雄異株((しゆういかぶ)イチョウも同様。ギンナンは、雌株の雌花が受粉・結実した果実で、雄株にギンナンはなりません)。5月頃に咲く花は、雄株に咲く雄花も雌株に咲く雌花も緑色がかった白色で小さく、全く目立ちません。真夏、未熟の果実の色は葉と同じ緑色。4個のふくらみを持ち、葉の付け根からぶら下がる様子はまるでUFOのよう。
 

檀

秋、果実は劇的に大変身!完熟すると果皮(かひ)がはじけ、中からプツンとした米粒大の種子が見えてきます。

檀

この種子を覆っている仮種皮(かりしゅひ)の赤色は、まわりの葉の緑あるいは空の色との対比色で、明らかによく目立ちます。この真っ赤に熟した果実を、明確な記述はないものの、紫式部はきっと見ていたに違いない、と思いたい。がしかし……。

檀

光源氏36歳、玉鬘22歳の初秋、夕顔の忘れ形見である玉鬘に思いを寄せていた光源氏は、彼女の邸宅を訪れては和琴(わごん)を教えていた。そんなある日、琴を枕にこともあろうか、玉鬘と添い寝をして二人で庭の篝火を眺めた。庭には涼しそうな遣水(やりみず)が流れ、その近くにあった檀の木の枝は横に広がり伏せたように張り出し、その下には篝火に使う松の割り木が、目立たないように置いてあった。


秋になりぬ。初風涼しく吹き出でて、………………。
御琴を枕(まくら)にて、もろともに添ひ臥(ふ)したまへり。
いと涼しげなる遣水(やりみず)のほとりに、けしきことに広ごり伏したる檀(まゆみ)の木の下(した)に、
打松(うちまつ)おどろおどろしからぬほどに置きて………………… (第27帖「篝火」より)

「広ごり伏したる檀」、このわずか8文字に紫式部の鋭い観察力を感じ、脱帽です。マユミの枝はやや斜め上方向に広がって伸び上がりますが、枝は太くなく、その重みでしなったようになるので、結果、傘伏になる特徴があります。この姿をズバリ、的確に表現しているからです。八丁平(京都市左京区)の山の中で見た数本のマユミはまさに「広ごり伏し」、「紫式部の見たマユミはこれやっ!」と、痛く感激したことを思い出します。

檀

と同時に彼女は、マユミの赤い果実も見ていたのでは、いやきっと見ていたに違いない!もう願望しかありません。篝火の赤い炎、源氏の燃え上がる恋の炎、マユミの赤い果実、これら赤の三点セットの相乗効果で名場面はさらに盛り上がるはずだと思い、源氏絵巻をいろいろ調べているのですが、いまだ赤色の果実の描かれた絵巻が見つからず、この場面で紫式部の見たマユミは雄株だったのか、はたまた雌株の未熟の果実だったのか、いや、見ていなかったのか…。あなたのご意見は?

[参考図書]
阿部秋生ほか校注/源氏物語/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
青木 登/源氏物語の花/けやき出版/2003年
本田一泰ほか/花びき源氏物語/未刊行/2008年
鈴木一雄監修/源氏物語の鑑賞と基礎知識(21)/至文堂/2002年

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