11月 山橘(ヤマタチバナ)

古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

山橘

第八号 令和元年11月1日

11月 山橘(ヤマタチバナ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

「センリョウ、マンリョウ、ヤブコウジ」。正月のおめでたい縁起物、永遠の繁栄・長寿の象徴として親しまれているこれら樹木の共通項は、常緑で果実の色が赤いこと。今号で取り上げる「山橘(やまたちばな)」はヤブコウジの古名ですが、第51帖「浮舟」にのみ、つくりもの状態の描写で登場します。

宇治に住んでいる浮舟から中の君にあてた手紙、つまり女性から女性あての手紙なのに、匂宮が薫からの手紙かと嫉妬心で勘繰った場面。

正月の上旬を過ぎたころ、女童(めのわらわ)が中の君に差し出した宇治からの届けものは、浮舟から中の君に宛てた緑色の薄様(うすよう)紙に包んだ「大ぶりの包文(つつみぶみ)」と小松に結び付けた小さな髭籠(ひげこ)(竹で編んだ入れ物で、編み残しの一部が髭のようだから)そして、右近(浮舟の侍女)から太輔(たいふ)に宛てた立文(たてふみ)でした。

包文に書いてあった「これも若宮の御前(ごぜん)に。あやしうはべるめれど」「これ」は、次に続く立文「若宮の御前(おまえ)にとて、卯槌(うづち)まゐらせたまふ」の、卯槌(うづち)(桃の木を四角柱に切って、五色の組糸を長く垂らしたもの)のことで(髭籠と小松、の解釈もある)、中の君と匂宮の二歳になる若君の邪気を払うため、正月のまじないものとして浮舟がプレゼントしたものでした。

この卯槌は趣向を凝らした見事な細工がしてあり、作りものの二股になった松の枝の一方には、これも作りものの山橘の果実を刺し通し、そこに、若宮の成長と繁栄を期待する浮舟の歌が結び付けてありました。


卯杖をかしう、つれづれなりける人のしわざと見えたり。

またぶりに、山橘(やまたちばな)作りて貫(つらぬ)きそへたる枝に 

浮舟:まだ旧(ふ)りぬものにはあれど君がためふかき心にまつと知らなん

(第51帖「浮舟」より)

この場面、女童は卯槌をどのようにして運んだのか、どこにあったのか、気になります。源氏絵巻のいろいろを見ても、女童が差し出した文と髭籠は確認できるのですが、卯槌は見当たらない。ということは、おほきやかなる包文に包まれていたのかはたまた、髭籠の中に入っていたのか。

それはさておき、山橘。現代の和名はヤブコウジ(藪柑子)は魅力いっぱいの常緑性低木です。樹高はせいぜい20センチメートルまでと低く、高くならないのかなれないのか謎ですが、上層樹木からの木漏れ日の光で生き抜いていることは確かです。地下部を縦横に走る地下茎(けい)で群落をなし、小さな葉を多数しげらせ光合成。絨毯(じゅうたん)のように見える一面の葉に驚きです。

 

山橘

ヤブコウジの大きな魅力は、秋に実る光輝く赤色の果実。おめでたい縁起物にふさわしいのですが、じつは花の美しさもすばらしく、ぜひ見てほしい。葉に隠れるように、ひそやかに下向きに地味に咲くのでまったく目立ちませんが、透明感のある白色は絶品!

 

山橘

紫式部は、つるや枝、茎など長い器官を持つ植物を物語によく使っています(ヒカゲノカズラ、フジ、クズ、ユウガオ、フダバアオイなど)。「長い」はイコール、代が長く続き繁栄につながる(結び付けられる)から、なのでしょうか。観察力の鋭い彼女は、ヤブコウジの赤い果実はもちろんのこと、美しい花も長い地下茎もきっと見ていたことでしょう。

浮舟22歳、薫27歳、匂宮28歳

 

[参考図書]
秋山 虔ほか/源氏物語図典/小学館/1997年
玉上琢彌/源氏物語第十巻/角川文庫/2005年
阿部秋生 ほか校注/源氏物語6/新編日本古典文学全集/小学館/2015年
石田穣二 ほか校注/源氏物語八/新潮日本古典集成/新潮社/2005年
林 望/謹訳源氏物語十/祥伝社/2013年
秋山 虔 監修/週刊絵巻で楽しむ源氏物語五十四帖56/朝日新聞出版/2014年   

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