1月 竹(タケ)

古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

第十号 令和2年1月1日

1月 竹(タケ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

「竹は木か草か?木でも草でもない、竹は竹だ」このような問答がなかったように思う一千年前、紫式部は「竹」のさまざまな姿を観察し、物語のいろいろな場面に登場させました。

第2帖「帚木」、第28帖「野分」では、空蝉をなよ竹にたとえました。


人がらのたをやぎたるに、強き心をしひて加へたれば、なよ竹の心地して、さすがに折るべくもあらず

第2帖「帚木」から


源氏:「した露になびかましかば女郎花あらき風にはしをれざらまし なよ竹を見たまへかし」

第28帖「野分」から

なよ竹は現代の植物分類ではメダケ(女竹)とされ、この和名は、か細い稈(かん)(樹木の幹に当たる)の上にのみ葉を付け、風になびく姿がいかにもやさしそうで女性らしいから、なのですが、稈は少々の風にはびくともしないほど堅いので、芯の強いイメージの空蝉に当てた紫式部の観察眼は素晴らしい!

 

松
[メダケ]細いけどまっすぐに伸びる姿は芯が強そうです

第31帖「真木柱」では、呉竹(くれたけ)の垣根に花(山吹)がもたれかけて自然な姿で咲いている様子が描かれています。


呉竹の籬(ませ)に、わざとなう咲きかかりたるにほひ、いとおもしろし。 

呉竹の呉は中国の意で、現代の植物分類では中国原産のハチク(淡竹)とされますが、諸説あり正確にはよくわかっていません。

 

ハチク
[ハチク]

今のように食材が豊富でなかった時代、タケノコ(筍=たかうな)は自然からのいただきものとして食するのは普通のことで、特に初物は贈答の品としても重宝していた、その様子が第36帖「横笛」に登場します。


御寺のかたはら近き林にぬき出でたる筍(たかうな)、
そのわたりの山に掘れる野老(ところ)※などの、
山里につけてはあはれなれば奉れたまふとて………

※野老:オニドコロ ヤマノイモ科のつる性草本。肥厚した根茎は横に這い、ひげ根を多く出すことから老人のヒゲに見立て、長寿を祝う正月の縁起物に使われた。

タケノコの登場で最高におもしろい場面は、よちよち歩きの薫がよだれをだらだら垂らしながら口に入れるシーン。かわいさいっぱいの子供らしいしぐさに、思わず抱っこして、よしよししたくなるほどで、間違いなく名場面!


若君は、乳母(めのと)のもとに寝たまへりける、起きて這ひ出でたまひて………
わづかに歩みなどしたまふほどなり。この筍(たかうな)の櫑子(らいし)※に何とも知らず立ち寄りて、
いとあわたたしう取り散らかして食ひかなぐりなどしたまへば………
御歯(は)の生ひ出づるに食ひ当てむとて筍(たかうな)をつと握り持ちて、雫(しづく)もよよと食ひ濡(ぬ)らしたまへば

※櫑子(らいし) 食べ物などを盛る器

乳母のそばで昼寝をしていた若君(=薫)が、起きて這い出してきた。………
ようやくよちよち歩きの若君は、タケノコが盛ってある器に、何であるのか分からず寄ってきて、それをやたら放り出してはかじり、かじっては捨て………。

歯が生えかけたところにタケノコを当てようと、手にしっかり握ったまま、よだれをたらたらと流してむしゃぶりつくのを見て、
よだれを垂らしながらよちよち歩く若君の姿が目に浮かびますが、一歳ちょっとの子供の手に握れるタケノコとは何なんだろう。
少なくとも我々が普通に食するモウソウチクのタケノコではなさそうだと気付きます。

 

モウソウチク林
[モウソウチク林]

薫がむしゃぶりついた筍(たかうな)はネマガリダケ、との解説がほとんどですが、植物分類学上の和名はチシマザサ。ネマガリダケは別名の同種異名で、根が曲がっているからの名前です。

高緯度、多雪地帯に分布するこの名前は、植物学者の牧野富太郎と柴田桂太両博士が、千島列島に自生するものを見てチシマザザと命名し、標準和名としました。
残念ながら、私はこのタケノコの味をまだ知りません。

今年の目標ができました。このタケノコを食べること。よだれを垂らさずに……。

 

ネマガリダケ=チシマザサ
[ネマガリダケ=チシマザサ]

薫2歳(1歳1か月)

[参考文献]
玉上琢彌/源氏物語評釈第八巻/角川文庫/昭和46年
阿部秋生ほか/源氏物語4/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
石田穣二ほか/源氏物語五/新潮日本古典集成/新潮社/平成17年
鈴木一雄ほか/源氏物語の鑑賞と基礎知識26/至文堂/平成16年 
秋山 虔 監修/週刊絵巻で楽しむ源氏物語五十四帖39/朝日新聞出版/2014年   

 

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