2月 梅(ウメ)

古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

梅林

第十一号 令和2年2月1日

2月 梅(ウメ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

遣隋使あるいは遣唐使の時代よりはるか昔に導入された中国原産の梅は、奈良時代から平安時代初期にかけて、唐風文化の象徴として当時の貴族たちの邸宅に競って植栽され、観賞の対象となっていました。 
万葉集では、141首の萩に次ぐ119首(諸説あり)の歌に登場する梅ですが、どの歌も花を雪に見立てていることから、当時は白梅のみだったと推定できます。

 

玉牡丹 撮影:金子明雄

紅梅は平安時代に導入されたようで、清少納言は枕草子に「木の花は濃きも薄きも紅梅」と、木の中では紅梅が最高にすばらしいと叙事的に称賛している一方、紫式部は源氏物語で圧倒的に紅梅を多く登場させ、観賞の対象のみならず、香り、着物の色目、人物に表象など、抒情的かつ感性豊かにいろいろな場面で「梅」を使っています。

 

楊貴妃 撮影:金子明雄/黒雲 撮影:金子明雄

「梅」がはじめて登場する第6帖「末摘花」には、夕顔、荻、撫子、浅茅、松、葎、橘、末摘花、山吹、桜などの植物も登場しますが「梅」については、


「梅の香をかしき」、「梅の花の」、「梅は気色(けしき)ばみほほ笑(え)みわたれる」、
「階隠(はしがく)しのもとの紅梅」、「梅の立ち枝(え)はなつかしけれど」

とそれぞれ、香り、花、つぼみ、植栽場所、枝ぶりの描写と、紫式部はいろいろな段階の成長過程にある梅の姿を多角的に観察していたことが、これらの表現をとおしてわかります。

 

大港 撮影:金子明雄/思いのまま/桜鏡

最後に見る「梅」は第53帖「手習」で、出家し尼になった浮舟が、薫と匂宮から受けた愛情のはざまに、苦悶し続けた幻影を思い起こす場面に登場します。


閨(ねや)のつま近き紅梅の色も香(か)も変わらぬを、春や昔のと、こと花よりもこれに心寄せのあるは、
飽かざりし匂ひのしみにけるにや。

香りと紅梅からはじまった「梅」は紅梅と香りで締めくくられ、物語に登場する植物の中でも重要な位置づけにあったことがよくわかります。

一方、物語に登場する女君たちはしばしば花にたとえられ(玉鬘は山吹に、女三宮は如月の青柳など)、それは物語の特徴にもなっているのですが、男君たちにはそのようなことはまずありません。しかし匂宮は、芳香を発する梅、特に紅梅にたとえられ、存在感を示します。その裏付けは、第40帖「御法」で、死期が迫っていることを予感する紫の上が、遺言ともとれる会話を五歳の匂宮とかわすシーン。
死後の私(=紫の上)の供養のために、紅梅と桜を大切に育てて遊んでくださいと話しかけると、匂宮はこっくりうなづきますが、涙がこぼれそうになるので、その場を立ち去りました。  
若宮のいたいけな子供心に、なんとも切なさを感じます。


紫の上「大人(おとな)になりたまひなば、ここに住みたまひて、この対の前なる紅梅(こうばい)と桜とは、
花のをりをりに心とどめてもて遊びたまへ。さるべからむをりは、仏にも奉りたまへ」と聞こえたまへば、
うちうなづきて、御顔をまもりて、涙の落つべかめれば立ちておはしぬ。

ここで、紅梅は匂宮に、桜は紫の上にたとえられます。紫の上は生前、紅梅も桜も大切に育てていました。

 

梅林

第41帖「幻」では、紫の上の遺言を守り、庭先の紅梅を特に大切に世話をする匂宮の様子が描かれます。紫の上は匂宮(実母は明石の中宮)の育ての母ですが、ここでは母、としています。


匂宮:「母ののたまひしかば」とて、対(たい)の御前(おまえ)の紅梅とりわきて後見(うしろみ)ありきたまふを、
いとあはれと見たてまつりたまふ。

第43帖「紅梅」で、匂宮は「梅の花をめでたまふ君なれば」と記され、何よりも梅花の香りを好みました。

この「梅」よりもさらに重要なポイントとなる植物が「樺桜(かばざくら)」という名前の「桜」です。そのわけは来月に。

 

[出典]
木下武司/万葉植物文化誌/八坂書房/2010年
阿部秋生ほか/源氏物語4,5/小学館/2017年
高嶋和子/源氏物語植物考一/国研出版/2006年
監修 秋山虔/週刊絵巻で楽しむ源氏物語第5巻 朝日新聞出版/2012年
玉上琢弥/源氏物語評釈/角川書店/1971年 

 

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