7月 『宇治拾遺物語』(うじしゅういものがたり)と「かいもち」(かいもちひ・掻餅)

古典の日絵巻[第九巻:古典作品で楽しむ和菓子]

古典の日絵巻第九巻 古典作品で楽しむ和菓子

おはぎ(左から きなこ・こしあん・つぶあん)今西軒製

第四号 令和2年7月1日

7月 『宇治拾遺物語』(うじしゅういものがたり)と「かいもち」(かいもちひ・掻餅)
株式会社虎屋 特別理事 虎屋文庫主席研究員 中山圭子

鎌倉時代初期に成立したといわれる『宇治拾遺物語』は、197話をおさめた説話集です。仏教に関連する説話が中心ですが、階層を問わず、人間心理を巧みに描写し、笑いを誘うものが少なくありません。今回の「児(ちご)のかいもちするに空寝(そらね)したる事」もその一例で、学生時代に教科書で学んだ方も少なくないでしょう。

舞台は比叡山のお寺。ある夜、僧たちが「いざ、かいもちひせん」というのを、児(僧に仕える少年)が耳にします。かいもちが出来上がるのを待って寝ないのも居心地悪く、児は部屋の片隅で寝たふりをします。出来たところで、僧は声をかけますが、児はもう一度呼ばれてからと考え、黙ることに。しかし、僧たちは寝ているのを起こすのもどうかと思い、声をかけません。以下、引用すると…


今一度おこせかしと、思ひ寝に聞けば、ひしひしと、

たゞ食ひに食ふ音のしければ、すべなくて、

無期ののちに、「えい」といらへたりければ、

僧達笑ふ事かぎりなし。

 

声がけを待っているものの、むしゃむしゃと食べる音が聞こえ、児が黙っていられなくなる様子が読者にも伝わってきます。間が抜けたタイミングで返事をしたところ、僧たちは大爆笑。楽しい結末です。

 

さて気になるのは、「かいもち」。いったいどのような食べ物だったのでしょう。学生時代には、おはぎ(ぼた餅)のようなものと教わりましたが、調べてみると解釈はほかにもあることがわかりました。

まずあげられるのは「掻い煉り餅」の略という説です。これは、もち米の粉や蕎麦粉、小麦粉などを水や湯でとき、餅状になるまで練ったり、煮たりしたものと解釈されます。今の「蕎麦がき」がかつて「蕎麦かいもち」と呼ばれていたと聞けば、この説があたっているようにも思われます。

一方、新潟や富山、長野などの方言では「掻餅」を「おはぎ」の意味で使う事例があるそうで、おはぎ説も根拠がないわけではありません。この場合、写真のような色かたちを想像したくなりますが、砂糖が高価な輸入品だった当時、今のような甘みはとても望めないでしょう。

「かいもち」の実体や味わいは謎に包まれていますが、僧たちにとっておいしい夜食だったことは間違いなさそうです。

参考:『宇治拾遺物語』日本古典文学大系27 岩波書店 1960年

本文は、裏千家淡交会会報誌『淡交タイムス』(2015年9月号)に掲載された記事を加筆修正したものです。

 

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