8月 『文蔵』(ぶんぞう)と羊羹

古典の日絵巻[第九巻:古典作品で楽しむ和菓子]

古典の日絵巻第九巻 古典作品で楽しむ和菓子

季節の羊羹 水の宿(みずのやどり) 虎屋製

第五号 令和2年8月1日

8月 「文蔵」(ぶんぞう)と羊羹
株式会社虎屋 特別理事 虎屋文庫主席研究員 中山圭子

羊羹とは本来、羊肉を使った羹(あつもの・汁物)のことでした。紀元前の中国の文献にも出てくる料理名で、日本には鎌倉~室町時代、中国に留学した禅僧により点心(てんじん・食間に食べる小食)の一つとして伝えられました。禅僧は肉食を禁じられていたため、小豆や葛粉、小麦粉などを用いて、羊の羹に見立てたと考えられます。

意外なことに羹の名がつく食べ物は、羊羹だけではありませんでした。室町時代の『庭訓往来』(ていきんおうらい)などの往来物(日常生活に必要な知識を教える教科書)には、魚羹や猪羹ほかいろいろな羹が見え、どれも植物性の材料を使った精進料理と解釈されています。

こうした羹類が出てくる楽しい作品が狂言の「文蔵」です。狂言は能の合間に演じられる古典芸能で、室町時代に始まります。当時の武家や庶民の姿が笑いを交えて生き生きと表現されており、「文蔵」は、主人が京都見物をしてきた太郎冠者に、主人の伯父の家で何(食物)を振舞われたかを尋ねる話です。主人が、饂飩・素麵・熱麦・ぬる麦など、点心の名をあげると「さようの物でもござらぬ」と太郎冠者。以下、引用すると、


主人:それならば羹の類であろう。

太郎冠者:それも仰せられてみさせられい。

主人:砂糖羊羹。

太郎冠者:イイヤ。

主人:おんぜん羹・もんぜん羹。

太郎冠者:イイヤ。

主人:玉澗(ぎょっかん)・勅勘(ちょっかん)。

太郎冠者:イイヤ。

主人:大寒か小寒ばし食ろうたか。

 

文中のおんぜん羹は、往来物に見える「雲鱣羹」(うんぜんかん)とも考えられますが、「もんぜん羹」は不詳。玉澗は前述の魚羹、勅勘は猪羹に掛けているのでしょう。これに続き、二十四節気の大寒・小寒まで登場するのですから、「かん」つながりで、かなり脱線しています。今となってはぴんとこない言葉の連続ですが、当時の人は、おもしろおかしく聞いていたのではないでしょうか。

 

なお、砂糖羊羹は今でいう蒸羊羹に近いものとされますが、当時の砂糖の入手状況を考えると、さほど甘くはなかったことでしょう。菓子としての蒸羊羹が定着するのは、砂糖の輸入量が増加した江戸時代になってからです。江戸時代後期には寒天を入れて煉り上げる煉羊羹が登場。今では素材も味も様々で、意匠も凝った羊羹が各地で作られていますので、太郎冠者が知ったら、びっくりすることでしょう。昔の羹類の味も気になりますが、おいしく美しい羊羹が味わえる今の方が幸せですね。

最後になりましたが、何を振舞われたかの答えは、題名にも関わっていておもしろいので、ぜひ原典でお確かめください。

※玉澗は中国の画家の名前、 勅勘には天皇から受けるおとがめの意味がある。

参考:『狂言集上』日本古典文学大系42 岩波書店 1960年
   虎屋文庫『ようかん』 新潮社 2019年

本文は、裏千家淡交会会報誌『淡交タイムス』(2015年11月号)に掲載された記事を加筆修正したものです。

 

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