12月 『金々先生栄花夢』(きんきんせんせいえいがのゆめ)と粟餅

古典の日絵巻[第九巻:古典作品で楽しむ和菓子]

古典の日絵巻第九巻 古典作品で楽しむ和菓子

粟餅 栗餅所・澤屋製

第九号 令和2年12月1日

12月 『金々先生栄花夢』(きんきんせんせいえいがのゆめ)と粟餅
株式会社虎屋 特別理事 虎屋文庫主席研究員 中山圭子

「一炊(いっすい)の夢」あるいは「邯鄲(かんたん)の夢」という故事をご存知でしょうか。中国の趙(ちょう)の都の邯鄲で、盧生(ろせい)という青年が、仙人から枕を借ります。うたたねし、栄華を極める五十余年の夢を見ますが、覚めてみると、粟がまだ煮えない程の短い時間であったとか。ここから、栄枯盛衰のはかなさを悟る喩(たと)えとされています。

今回の恋川春町(こいかわはるまち)作『金々先生栄花夢』はこの故事をもとにした黄表紙(絵入小説)で、江戸時代後期の安永4年(1775)に刊行されました。主人公の名は金兵衛。目黒不動尊(現・東京都目黒区の瀧泉寺)前の粟餅屋で仮寝をし、夢を見る設定になっています。


金兵衛空腹のあまり、あわ餅やのおく座敷へとをりけるに、おりしもあわもちはまだでき合せず、

しばし待ちいるそのうちに、旅のつかれにや、すこしねむけきざしけるまゝ、

そばにありあふ枕引よせ、すやすや おもはずまどろみける夢に…

 

夢の中で金兵衛は金持ちの養子になり、遊里で放蕩(ほうとう)の限りを尽くします。しかし、養家から勘当され、追い出されたところで、粟餅を搗く杵の音に驚いて目をさまし、人間一生の楽しみも、粟餅のできる間の夢にすぎないと悟る内容です。

興味深いのは、実際、目黒不動尊に評判の粟餅屋があったこと。読者は実在の粟餅屋で寛ぐような気持ちで、物語の世界を楽しんでいたのではないでしょうか。作品には餅搗きの様子や皿に盛られた粟餅の絵があり、食欲もそそられます。

粟餅はもち粟を蒸して搗き、餡を包んだり、黄粉をつけたりしたもので、江戸時代には作りたてを出す店も多く、庶民に人気がありました。店売りだけでなく、「…ソリヤつく、ヤレつく、つく、つく、なにをつく……」などと歌いながら、路上で餅を搗き、器に投げ入れるといった曲芸をする粟餅売りも話題でした。こうした曲搗(きょくづき)は歌舞伎の舞踊にも取り入れられ、今に受け継がれています。

粟餅でさらに注目したいのは、黄色の生地から「黄金餅」とも呼ばれ、黄金持ち=金持ちに通じる縁起物でもあったこと。まさに題名にふさわしい食物だったわけで、これも作品が好評だった理由のひとつかもしれません。

江戸時代の地誌『毛吹草』(けふきぐさ)(1638序)には、京都北野の名物として粟餅が記されており、今も同地で味わえます(写真)

参考:『黄表紙洒落本集』日本古典文学大系59 岩波書店 1958年

本文は、裏千家淡交会会報誌『淡交タイムス』(2015年10月号)に掲載された記事を加筆修正したものです。

 

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