1月 『名代干菓子山殿』(めいだいひがしやまどの)と松風

古典の日絵巻[第九巻:古典作品で楽しむ和菓子]

古典の日絵巻第九巻 古典作品で楽しむ和菓子

紫野松風 松屋藤兵衛製

第十号 令和3年1月1日

1月 『名代干菓子山殿』(めいだいひがしやまどの)と松風
株式会社虎屋 特別理事 虎屋文庫主席研究員 中山圭子

菓子を主人公にしたアニメや漫画といえば、やなせたかし作「アンパンマン」が有名でしょう。子どもたちの間で大人気ですが、意外にも、江戸時代中期に、登場人物がすべて菓子という黄表紙(絵入り読み物)が作られていました。美人画で名高い鳥居清長(とりいきよなが・1752-1815)が絵のみならず、文章も手がけたと考えられる作品で、題名は『名代干菓子山殿』。干菓子山殿の茶碗を、悪党の金平糖が盗みますが、家来の小落雁が取り戻すという奇想天外な内容です。

登場人物は、アンパンマンのように顔が菓子になっているわけではなく、頭の上にその名の菓子をのせています。こうした擬人化は黄表紙によく見られるもの。かす寺(カステラ)の羊羹和尚や家老の花ぼうろ、正義の味方の団十郎煎餅など、役者がそろっていますが、ここでは小落雁の恋人、松風に注目しましょう。

容姿端麗な松風は小落雁にとって頼もしい存在。主君の茶碗を盗まれたため、恥じて切腹しようとする小落雁に


「お前が腹を切りなされバ、その茶碗が出ますか。

命永らへ、詮議(せんぎ・犯人を捜索すること)してお詫びなさる心ハないかいな。

死ぬれバ犬死にじやが」

と諭します。

 

小落雁を諭す松風(国立国会図書館蔵)
小落雁を諭す松風(国立国会図書館蔵)

 

また、茶碗を探し出すために「茶碗菓子売り」※※に扮したり、吉原の遊女となったり、見せどころがたっぷりです。

 

茶碗菓子売りに扮する松風と小落雁(国立国会図書館蔵)
茶碗菓子売りに扮する松風と小落雁(国立国会図書館蔵)

 

松風とは松に吹く風のことで、茶の湯では釜の湯の煮え立つ音も意味します。能の曲目や『源氏物語』の帖名に使われるなど、古典との結びつきが強く、古風な感じがするとはいえ、物語の松風は行動的といえるでしょう。

さて、松風の頭に櫛のように描かれるのが、表面に芥子の実または、胡麻を散らした焼菓子「松風」。この菓子には、薄い煎餅、やわらかなカステラ風、味噌入りの焼菓子など、いろいろな種類がありますが、裏には何もついていないのが決まり事です。その理由は「松風の音ばかりで浦(裏)が寂しい」に掛けた名前だからとか。なんとも奥ゆかしいですね。

物語の最後で、松風は茶碗をとり戻した小落雁とめでたく結婚します。その性格から想像するに、夫を支えるよき妻になることでしょう。松風は男性から見た理想の女性として描かれているのかもしれません。

 

室町幕府の八代将軍足利義政(東山殿)にひっかけている。
※※江戸時代、子ども向けに茶碗の形をした安価な菓子を売る行商人がいた。

 

参考:中井まの「松風について」(機関誌『和菓子』第2号、虎屋、1995年)
   『黄表紙 江戸おもしろお菓子展 -干菓子でござる-』 虎屋文庫展示小冊子 虎屋 2000年
   『名代干菓子山殿』は国立国会図書館のデジタルコレクションで見られます。

本文は、裏千家淡交会会報誌『淡交タイムス』(2015年12月号)に掲載された記事を加筆修正したものです。

 

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