古典をいだき、古典に抱かれて 11月1日は「古典の日」
昨秋までにみなさまのご賛同とご協力により、「古典の日」制定署名が10万人を達成いたしました。ありがとうございました。強いお力添えをいただき、「古典の日」制定に向けて、さらに決意をあらたにし、活動を推し進めております。
古典のこころで、いにしえからの叡智で、日本を元気づけ、こころを豊かにはぐくむきっかけの日とし、次世代へ未来へとつないでいきたいと思います。
「古典の日」制定のシンボルとして、京都駅前に懸垂幕を、街なかの郵便局や町家などにポスターを掲示しております。ポスターは「時空を超えて未来へ繋ぐ」をテーマに、未来へ繋がる物語の連続性を「源氏雲」で演出し、シルクスクリーン印刷で色彩を美しく鮮やかに仕上げた芸術性の高い作品となっております。是非、一度ご覧ください。
何度読んでもつねに新しく何かを汲み取れる本、誰が読んでもその読み手に応じて何かを示唆してくれる本、古典とはそんな本のことだと思う。読み終えて、勇気をもらったり、知恵を得たり、人間への理解を広げ、深めてくれる本と言い換えてもよい。
古典には、ときに読みにくい難解な本や長い本が多い。しかし楽をして「解説書」や「要約本」を求めないほうがいい。「相撲を取るなら横綱と」という気持ちで、ガップリ四つに組む価値のある古典を、何度も読むのがよい。
独りで読了するのが難しいことがある。独りで読むよりも、数人の人たちと定期的な読書会を開いて読むと、最後までたどり着くことができ、いろいろな人の異なった解釈から学ぶこともできる。声に出して読むのもいいし、読みながら、あるいは読んだあと、感想を文章にしておくことも大事だ。
われわれに与えられている時間はそんなに多くない。だからたくさん読む必要はない。同じ古典を何度も読むほうが、はるかに豊かなものを見つけることができるとわたしは思う。